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海外文学読書入門/コラム《本にまつわるいくつかのお話》第二回

 見知らぬ町、見知らぬ建物、行き会う人々、人々の服装、履いてる靴、車は、自転車は、そんなことが気になりだす。
 海外の小説を読むときに大切にしているのはその舞台となる国や街のイメージだ。ここ最近は中南米、アフリカ、アジアなどの非英語圏の作家の活躍が目覚ましく、そのまま読み始めるとその国々の知識が無いばかりに小説世界をイメージするのが難しい作品が多くなっている。
しかしご安心を。いまは海外小説を愉しむにはとても便利な時代になっているのです。

 『明日は遠すぎて』(河出書房新社)はナイジェリアの作家チママンダ・アディーチェの短篇集。

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さて、ナイジェリアが舞台のこの作品、あなたの頭の中にはどんな風景が思い浮かぶだろうか。
 そこで活躍するのがGoogleMapである。GoogleMapはインターネット上で閲覧できる地図で、それまでの紙の地図で見られた地名や国、行政区分だけにとどまらず、ストリートビューという機能で街中まで閲覧でき、異国の家々や通りを歩く人、散歩中の犬、通学中の子どもたちなど、あたかも自分が異国の街角に立っている気分にさせてくれる。著者のアディーチェ自身はナイジェリア南部エヌグの生まれであるから、その街並みをGoogleMapで眺めてみる。著者の生まれ育った街並みを見てそこから彼女がどのような思いを育み小説を紡いでいったのか、そんなことを想像するだけで作品の奥行きが一層深く感じられる。

 また『ウォールデン 森の生活』(小学館文庫)でH・D・ソローが二年間にわたり自然と共に自給自足の生活をした山小屋をGoogleMapで見てみると、コンコードという町から歩いて一時間もかからない場所だったのがわかる。いまではとても近い場所のようにも思えるが、二百年前のコンコードの街とウォールデンの森との距離はソロー本人にとっては文明から程遠い場所だったのかもしれない。

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このように異国の視覚的なイメージを容易に得られる現代において、海外の小説を読み始めるには敷居はとても低くなっている。

 それともうひとつ、この擬似的な異国体験の大きな利点がある。
 アディーチェは世界的な講演会であるTEDトークの中で「シングル・ストーリーの危険性」を語っている。例えば、アフリカの物語は、貧しく不幸な物語でないと〝真のアフリカではない〟という、ひとつのストーリーのみがアフリカ文学であるというような作品の固定化の危険性だ。思い込みや先入観で物語を無意識に固定してしまうのには注意が必要だ。特に貧困や社会問題の多い国、内戦、体制による不自由なイメージは容易には拭えない。
 そのためにも一度はGoogleMapで物語の舞台となる国の街角に立ってみてほしい。そうすれば、その国の人々が多様であることが一目でわかる。豊かな人も貧しい人もいる。散歩している犬もいれば野良犬もいる。そしてそれぞれに物語があるのだ。ただ一つのイメージに囚われて物語を読んでしまうことは多様な解釈や受容の芽を摘んでしまうことになる。

 インターネットを活用し、擬似的にせよ異国の地に立つことで得たイメージに著者が紡ぎだす言葉を重ね合わせることで、海外文学の物語はとても彩りが豊かになるのである。

※2016年12月 月刊「twin 1月号」掲載

『明日は遠すぎて』
チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ/著 くぼたのぞみ/訳
河出書房新社 ISBN:978-4-309-20591-5

『ウォールデン森の生活』 上・下
ヘンリー・D・ソロー/著 今泉吉晴/訳
小学館文庫 上 ISBN:978-4-09-406294-6 下 ISBN:978-4-09-406295-3




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