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罪を償う人々へ向ける眼差しには慈悲の心を/『黒い司法 0%からの奇跡』【ネタバレなし】

研修生である主人公ブライアン(マイケル・B・ジョーダン)が死刑囚に刑の執行延期を伝えると、それを聞いた死刑囚は堪えきれず落涙。
 1年の延期といえども自分がこの世で生きていられる時間が約束されたことへ泣くほどに安堵する死刑囚。
 ここで僕は彼に同情をすると同時に、死刑になるほどの重罪を犯した彼に対して自分の同情心が間違いではないのかと後ろめたくも感じたのでした。
 ブライアンは弁護士になるとアラバマ州モンローヴィルで事務所を立ち上げ、18歳の白人女性が殺された事件の容疑者として死刑判決を受けたジョニーD/ウォルター・マクミラン(ジェイミー・フォックス)の冤罪を晴らすために奔走するという、実話をもとにした映画です。

 ブライアンが創設した事務所イコール・ジャスティス・イニシアチブ(EJI)は公正な審理を拒否された被告人や囚人に対して法的な支援を行う非営利団体で、犯した罪に比べて過剰な刑を課せられた囚人なども支援しています。映画でもジョニーD以外にも死刑囚監房にいる他の死刑囚の支援もしていました。

その立ち上げ場所である映画の舞台がアラバマ州モンローヴィルです。
映画の冒頭でブライアンが旅立つ際、戦地に旅立つかごとく母から心配された地アラバマとは。
 
  アラバマ州モンローヴィルは劇中でも度々名が出てくる小説『アラバマ物語』の著者ハーパー・リーの故郷です。(ちなみにトルーマン・カポーティも同郷です)
『アラバマ物語』はアメリカ南部を舞台に、白人女性への暴行容疑で逮捕された黒人の弁護を請け負った白人の弁護士の父と子どものお話。子供が成長していくにつれて自分の街が歪な社会だったことに気付いていくという小説で映画化もされています。
この物語が書かれた60年代のアメリカ南部はジム・クロウ法という悪法がまだ存在していた時代。
 ジム・クロウ法とは1880年代から始まる人種分離制度のことで、トイレやバスなど公共施設の利用を白人と黒人で“分けなければならない”という法律。このジム・クロウ法によってアメリカ南部諸州で制度化された人種差別が始まりました。
 またアラバマ州ではジム・クロウ法制定前から「列車の運転手は乗客の肌の色に応じて、それぞれ専用の車両あるいは客室に席を割り当てなければならない」という法律がありました。

 そんなアラバマの州都モンゴメリーでは1955年12月1日に全米黒人地位向上協会で活動していた女性ローザ・パークスが公共バスで白人に席を譲らなかったために逮捕され、その逮捕への抗議として自発的にバスボイコット運動が始まります(モンゴメリー・バス・ボイコット)。
 そしてこの運動のために作られたのがモンゴメリ改良協会(MIA)で、指導者は牧師のマーティン・ルーサー・キング・ジュニアでした。
 翌年このバスボイコットは最高裁において、“黒人は公共交通機関で自分たちの好きな席にすわることができる”との判決が下されました。
市民の自発的な運動から法廷で権利を勝ち取ったこのモンゴメリー・バス・ボイコットは今日では公民権運動の始まりとみなされ、キング牧師の名が全国に知られるようになった運動です。
 また1965年の「セルマの行進」は、アラバマ州のセルマから州都モンゴメリーまでキング牧師を先頭に行ったデモ行進で、当時投票権を持った黒人が1パーセントしかいなかった(妨害で多くの黒人が投票権を得られなかった)この地域の黒人の投票権を求めたデモ行進。一度目は警察に妨害され(血の日曜日事件)断念。二回目も途中で断念。三回目の行進でモンゴメリーにたどり着きアメリカの世論を大きく動かしました。その結果、新たな投票権法では黒人から投票を妨害することが禁止となり、ここで初めてアメリカの黒人は完全な合衆国市民の権利を持つことができたのです。
映画『グローリー 明日への行進』(2014)はそのセルマの行進の映画なのですが、キング牧師はセルマに到着早々にホテルで見ず知らずの白人青年からいきなり殴られるのです。
『あの坊や、いいパンチを持っているな」とはキング牧師。
かっこいい・・・。

そんなアメリカ史の中でも人種差別の最前線なのがアラバマ州なのです。
 映画では黒人死刑囚が信ぴょう性のない証言で有罪になり刑務所に入れらます。犯人が黒人であれば住民が納得するとでもいうかのように。
またジョニーDは冒頭で白人の保安官テイトから「ボスはだれだ?」と問われます。これは黒人は誰か(白人)に雇われていることが前提での問いです。しかしジョニーDは独立しており、自身でパルプ製材所を所有しています。つまり黒人が自由に商売をし、しかも白人層と同じ立場にいる(経済的にも同等か上である)というこの地域社会のタブーを冒しているということです。白人にとって罪をなすりつけるには格好の標的だったのです。

 『黒い司法』は裁判の不正、露骨な妨害などアメリカ南部の法治主義の仮面をかぶった人治主義(乱暴に言うと権力者の好き嫌い)による司法制度の瑕疵を問う映画となってます。また冤罪の可能性があるにもかかわらずその審理も不十分のまま人を殺していしまうという死刑制度の問題点も。
 法の下の平等を謳われてはいるが実際は多くの人々にとって不公平で、司法制度への信頼が薄れて正義は遥か彼方に追いやられる現状。
 
「貧困の反対は裕福ではなく正義」
ブライアンのこの言葉にある通り、貧しき者たちから最も反対側にあるのが正義なのです。

映画の原題は『Just Mercy』
死刑執行が延期になった囚人に感じた僕の同情は間違ってはいなかったのです。
罪を償う人々へ向ける眼差しには慈悲の心を持つことを教えてくれる映画でした。

ちなみに『アラバマ物語』の原題は『To Kill a Mockingbird』。
無害なマネシツグミ(モッキンバード)を殺してはいけないというセリフがあるように、無実な人を裁いてはいけないという意味もあり、この『黒い司法』と『アラバマ物語』は多くの部分で重なっているのです。

「もし我々が間違っているなら、全能者である神が間違っていることになる。もし我々が間違っているなら、正義なるものは嘘になる」
バス・ボイコットの正当性を訴えるキング牧師の演説より

鑑賞日:2020年3月2日

参考図書(おすすめ)
『黒い司法 黒人死刑大国アメリカの冤罪と闘う』亜紀書房
ブライアン・スティーヴンソン/著 宮崎真紀/訳

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『アメリカ黒人の歴史−自由と平和への長い道のり』創元社
パップ・ンディアイ/著 明石紀雄/監修 遠藤ゆかり/訳

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冤罪の死刑囚たちのために奮闘する弁護士ブライアン・スティーブンソンの実話を、「クリード チャンプを継ぐ男」「ブラックパンサー」のマイケル・B・ジョーダン主演で映画化したヒューマンドラマ。黒人への差別が根強い1980年代の米アラバマ州。犯してもいない罪で死刑宣告された黒人の被告人ウォルターを助けるため、新人弁護士のブライアンが立ち上がるが、仕組まれた証言や白人の陪審員たち、証人や弁護士たちへの脅迫など、数々の困難に直面する。監督は「ショート・ターム」「ガラスの城の約束」のデスティン・ダニエル・クレットン。主人公の弁護士ブライアンをジョーダンが演じるほか、ブライアンが救おうとする被告人ウォルター役をオスカー俳優のジェイミー・フォックス、ブライアンとともに法律事務所で働くエバ役を、クレットン監督とは3度目のタッグとなるブリー・ラーソンが担当した。
公開日:2020年2月28日
2020年製作/137分/G/アメリカ
原題:Just Mercy
配給:ワーナー・ブラザース映画



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