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Her smile is beautiful



「………いや、ちがう。笑いたいんだ。本当は」


 /character
近江圭(14) / 中学生
古谷笑美(14)/ 圭の幼馴染
古谷睦美(35)/ 映見の母
古谷洋治(37)/ 映見の父
駒井陸(14)    / 圭・映見のクラスメート
黒川孝(43)    /圭の担任
圭の母・父
 

   /scenario

○笑美の家・リビング(朝)


  古谷笑美(14)、ソファに座り、ネコの人形を抱きしめている。

  ネコの人形の口はバツ印の無表情。

  その目の前で、古谷睦美(35)、古谷洋治(37)、激しく言い合いをしている。

  食器やグラスが飛び交い、地面に落ちて割れる。

  睦美、病的に痩せこけた表情。目が虚ろだ。


睦美「絶対に離婚だけはしないから……」


  テレビは化粧品のCMを映す。

〇テレビ画面


  美しい女優の眩しい笑顔。

  【Her smile is beautiful】と文字。


〇笑美の家・リビング

  笑美、テレビ(女優の笑顔)をじっと見ている。

  床に破かれた離婚届が散らばる。

  睦美と古谷の怒鳴り声。

  笑美の顔が徐々に不気味な笑顔に歪んでいく……

  (以下、テレビ画面の女優と笑美交互に映す)。

  と、インターフォンが鳴る。

  笑美、はっとする。

笑美「……」


〇同・前(朝)


  制服姿の近江圭(14)、扉の前に立っている。

  微かに聞こえる、睦美と古谷の言い争う声。

  圭、心配そうな顔。

  扉が開き、制服姿の笑美、顔だけ出す。


圭「……行ける?」
笑美「(無表情に)なんで」
圭「……いや、別に。いこ」


  笑美、顔を引っ込め、扉閉まる。

  ややあって、扉が開き、ローファーを履いた笑美が出てくる。

  手にはネコの人形。


圭「それ、持ってくの」
笑美「うん」


  圭、ため息。

  笑美からネコ人形をひったくり、笑美のスクールバッグに無理やり入れる。
  笑美、不思議そうに圭を見る。

〇中学校・外観(朝)


  桜が咲き乱れている。

〇同・廊下(朝)


  笑美、ひとり壁にもたれ、ネコ人形とぶつぶつ会話をしている。

  生徒たちの一喜一憂した声。

  「やった、また一緒のクラス」「離れちゃった、最悪」

  生徒の誰もが笑美を素通りする。

  と、圭、やってき、ネコ人形を笑美からひったくる。

  はっと不安げな笑美。

  圭、ネコ人形を笑美のスクールバックに入れて、笑美の腕をとる。


圭「また同じクラスだった」


  笑美、自身の腕を握る圭の手を、じっと見ている。

〇同・教室(朝)


  生徒たち、落ち着かなく談笑している。

   圭、何人かの生徒に声をかけられ、応えている。

  笑美、席にぽつんと座っている。

  黒川孝(43)、入ってき。


黒川「はーい。席つけー」


  圭、席につく。

  数人の男性生徒、気が付かず話し続けている。

  黒川、不機嫌に。


黒川「はいはいはい。新しいクラスで浮足立ってるのも分かるけどとりあえず席つけ」


 気が付かない男子生徒たち。


黒川「(大声)おい!」


  静まり返る教室。

  話していた男子生徒の一人、駒井陸(14)、冷ややかに黒川を見る。


黒川「ここは社会だ。小さいが、れっきとした一つの社会だ。秩序を守らない者は淘汰されることをよく覚えておけ」


 陸、舌打ちして席に戻っていく。


陸「(ぼそりと)黒川が担任とか最悪」


  それを聞いた黒川、教卓に拳を叩きつける。

  静まり返る場。

  陸、黒川を睨んでいたが、ふっと冷笑。

  生徒たち、気まずい。

  ――と、くすくすと笑美の笑い声。

  生徒たち、一斉に笑美を見る。

  ため息をつく圭。

  笑美、不気味な笑顔で、くすくすと笑い続けている。

  しかし、笑美の肩は震え、呼吸も荒い。苦しそうである。

  笑美を見る生徒たちと黒川、怪訝な顔。


〇白い空間


  クラスの女生徒たちの華やかな笑顔が順番に映し出される。

  T「Her smile is beautiful」


〇学校・校庭


  桜が散り、木々に新緑が顔を出す。


〇学校・教室・昼休み

  誰もいない教室。


  笑美、ネコ人形を両手で持ち、じっと自分の机を見下ろす。

  「きもい」「死ね」「笑うな」などと書かれている。

  「笑うな」という文字をなぞる笑美。


〇同・校庭


  サッカーゴールが校庭の両端に置いてある。


  圭、必死に陸たち数人の男子生徒を追いかけている。


圭「おい! 聞けって。笑美のあれ、わざとじゃないんだ。どうしたらいいのか分かんない時とか、気まずい時とか、逆に笑っちゃうんだ。あいつだって、笑いたくなんかねえんだよ」


  サッカーボールを持った陸、圭を無視し、歩いていく。


〇同・女子トイレ


  笑美、個室に隠れ、体を震わせてネコ人形を握りしめている。

  女生徒たち、洗面台に上って個室を見下ろし、上からバケツ水を笑美にかける。

  ずぶ濡れになる笑美。

  女生徒たち、愉快そうに笑っている。

  笑美の顔が段々と歪み、不気味な笑顔となる。

〇同・校庭


圭「………いや、ちがう。笑いたいんだ。本当は」


   陸、急に立ち止まり圭を振り返る。

   圭、不意を突かれ驚く。

   冷ややかに笑う陸。


陸「失笑恐怖症、ってやつだろ」
圭「……知ってたのかよ」


  陸、はっと薄ら笑い。


陸「黒川ってまじでうぜえ教師の代表って感じだけどさ、一個だけあいつに賛同できることがあるんだ。(囁く)秩序を守らない人間は淘汰されて当然……」


圭「え、笑美は、秩序に背いてなんか……」


  陸、サッカーボールを蹴り上げる。

  圭の横すれすれを通過し、ゴールに入る。


陸「事実なんてどうだっていい。周りがあいつをどう判断したか。それが全てだろ」


  陸、急に愛想の良い笑みを浮かべ男子生徒たちに向き直り。


陸「早くサッカーやろうぜ」


  男子たち、「そいつは?」と圭を見る。


陸「ああ、いいの、いいの。こいつは下手だから、クビ」


  圭、奥歯を噛みしめ陸を睨む。


〇同・教室(夕)


   笑美、教室にひとり。席に座っている。

   机の上。ネコ人形がズタズタに切り裂かれ、綿が飛び出ている。

   笑美、人形の残骸を両手で包み、ぎゅっと握る。

   俯き、体を震わせる笑美。

   苦しそうに、笑っている。


〇圭の家・庭(夜)


   少年漫画誌が積まれ、上にジュースの空き缶。

   そこから直線上に離れた距離にいる圭、サッカーボールをかまえ、
蹴る。

  華麗なコントロールさばきで、ボールは空き缶にあたる。

  空き缶が地面に転がる。

  圭の母、焦ったようにやってくる。


圭の母「圭! 笑美ちゃん家が……」


  圭、はっとする。


〇笑美の家・前(夜)


  パトカーが数台止まっている。

〇同・リビング(夜)


  睦美、血の付いたナイフを持ったまま放心している。

  床に、胸から血を流した古谷が倒れている。

  笑美、無表情でソファに座り、ネコ人形——つぎはぎだらけの酷い有様。口は弧を描き、笑顔の顔になっている――を抱きしめている。


〇葬儀場(夜)


  古谷の遺影。

  その前に棺。

  傍らに、笑美。無表情。笑顔になったネコ人形を撫でている。

  参列者の大人たち、気の毒そうに笑美を見て、お焼香をやる。

  圭、圭の母、父がやってくる。

  圭の母、父がお焼香をやる。

  次に圭の番。

  圭、悲痛な面持ちで、笑美を見つめる。

  笑美、圭に気が付き、はっとした表情をする。

  圭、笑美に話かけようとする。が、圭の母がそれを制する。

  踏みとどまった圭、お焼香をすまし、一瞬躊躇したものの出ていく。

  笑美、ネコ人形を握りしめ、圭の遠ざかる後ろ姿を見つめている。

  圭、両親と葬儀場を去っていく。

  ――と、笑美の笑い声。

  はっと振り返る圭。

  笑美のくすくすした笑い声は止まらない。

  ざわめく会場。怪訝な顔をする大人たち。


圭「……笑美」


  圭、走る。

  笑美の笑い声が徐々に大きくなり、葬儀場に響いている。

  圭、笑美のもとへ。はっと顔を歪ます圭。

  大人たち、引いた表情で笑美(顔は映らない)をみて。


大人たち「おい」「やめさせろ」「なんなんだあの子」「気味が悪いわ」「父親がなくなってっていうのに」「どうして笑ってられるの」「人の子じゃないわ」


  笑美(映る)、大粒の涙を流したまま、苦しそうに笑い続けている。


圭「笑美……」


  笑い続ける笑美。


圭「笑美……!」


  狂ったように涙を流し笑い続ける笑美。

  圭、咄嗟に笑美を抱きしめる。

  笑美、笑った顔のまま、はっと声が止まる。

  場は静寂に包まれる。


圭「……なあ、笑美……」


  圭、優しい(しかし悲しい)表情で笑美を見つめる。


圭「笑って……」


  笑美の表情、今まで見たことなく苦し気に歪む。


FIN

https://youtu.be/sJZhtT9Dej4