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(連載小説)「魔女の本~岡部警部補シリーズ~」最終話(全3話)

自分はあの女刑事と会った屈辱な時間の後に、娘の佳世を迎えにいった。
時間は昼間。本来はこの時間には新作恋愛小説を完成予定だったはずだが、あの女刑事のしつこさのせいで、全く手が進まなかった。
これはかなり屈辱的なことだった。あの女のせいで全てが台無しになりそうだと思っていた。
家に戻り、佳世はリビングにいて、自分はキッチンで2人用のお茶を淹れていた。それをテーブルの上に持ってきて置いてから、佳世が不安そうな顔をして

「ねぇ。お父さんの件どうなったの?」

自分は普段通りの顔をして

「うん。警察の人だと自殺みたいだって言ってたけど」

「そうなんだ。なんでお父さんが」

少し泣きそうな表情になる佳世。でも自分はやるべきことをしたと思い、何にも後悔はしておらず、たとえ娘が泣こうが叫ぼうが自分は何とも思わなかった。
これは私のためで、あなたには何にも関係ないと思っていた。そのため何とか佳世がなだめて部屋に行かせてから、自分は出版社と電話をしていた。

「はい。もちろんです。明日には完成しそうなので。はい、分かりました。よろしくお願いいたします」

そう言って電話を切ってから、作業部屋に行き執筆作業を再開した。時間は2時間ほど経ったが、やっと小説が完成した。
あとは印刷して出版社に渡すだけだ。印刷ボタンを押そうとしたとき、インターホンが鳴った。
何か嫌な予感がしたが、とりあえず出ることにした。玄関に出るとやはりそこには岡部の姿があった。ここに来たと言うことは、証拠が揃ったんだろう。そう思い

「あなた、本気で私を逮捕したいみたいだね」

すると岡部が笑顔で

「はい。立派な証拠がありましたので、そのご報告に」

なんて女だ。それどこか小説も執筆完了したところで、いきなり来るとはタイミングが悪い今日この頃だ。少し怒りもあったが、もうどうでもいいやと思って

「どうぞ」

岡部をリビングに上げた。正直追い返したいが、そんなことしたら完全に自分の後先の人生は終わりだ。そう思ったからしたことだ。
すると佳世が部屋から出てきて

「お母さんどうしたの?誰?」

岡部を見て言う。自分にこんな話を聞かせたくないと思い、佳世に

「部屋に入ってなさい。刑事さんと大事な話だから」

佳世は心配そうな顔をしながら

「わ、わかった」

と言って部屋に入っていった。自分は岡部の方を向き

「話なら手短に。丁度新作小説が書き終わったので、出版社に電話しようかなと思ってたところなんです」

すると岡部が笑顔で

「え?新作小説書いてらっしゃったのですか?」

「えぇ、今度は凄く面白い作品になったわ」

「なるほど。見てみたいです」

「だから、早く話をして。そしたら早く私の作品が見れるかもよ」

「分かりました」

自分はある意味早く追い出したかった。岡部の目は何やら確信をついた目をしていたため、少し怖かったからだ。
人一人殺しているため、刑事が来ると正直萎える。すると岡部が笑顔で

「分かりました、では話します。正直動機は最初の方は分かりませんでした。全く想像がつかない。でもある時を境に分かったんです。あなたは、旦那さんから束縛をされていたってことを」

「え?」

正直震えていた。これは誰にも言った事がないのになぜ知っているのか、この刑事は一体どこまで捜査をしているのか、全く分からないからだ。
岡部は続けて

「私が、2階の作業部屋に案内してもらった時に、分かりました。あなたの本棚には一切恋愛小説というのが無かった。ミステリー・サスペンス・ホラー・コメディ・政治・歴史、色々なジャンルの本がありましたが、恋愛小説関係は一切無かった。そのため、あなたを担当する出版社に問い合わせてみました。今まで挑戦ということで、恋愛小説を提案してみたが、絶対に断られるって」

自分は黙るしかなかった。あの時、2階に案内したのがまずかったと激しい後悔が襲った。
岡部は続けて

「でもとある日に、突然あなたから恋愛小説を書きたいと要望があった。その矢先に旦那さんは亡くなった。これで辻褄が合いました。恐らく、あなたは恋愛小説だけは書くなという旦那さんからの束縛に耐えていた。でもやっぱりあなたは恋愛小説書きたい。その一心で旦那さんを殺害することを計画したのです。違いますか」

自分は声を震わせながら

「ノーコメントで」

岡部は少し微笑みながら

「でもあなたは、大きなミスを犯したんです」

「ミス?」

自分はよく事件当時を思い出したが、全く思い出せない。自分の完全犯罪は完璧だったはず、なのにミスがあったなんてどうも思えない。
すると岡部が

「まずこれを聞いてください」

そう言って岡部は一つの録音テープをカセットに流した。そこには

「はい。こちら警察です。事件ですか事故ですか」

「はい事件なのか分かりませんけど、あの夫が拳銃を頭に突きつけて撃たれて死んでいるんです」

カセットテープを止めた。完全に自分の声で、確かにあの時に110番通報をした覚えがあった。でもなんも気になるところはない。
岡部は

「分かりませんか?」

「いえ、分かりませんけど」

「頭に突きつけて撃たれて死んだと言った。日本語がおかしいですよね。恐らくあなたは慌てていた。110番通報の練習をするのは忘れていたからだ、小説に専念しすぎて。そのため、まるで第3者から撃たれたようなことを言った。「普通なら夫が拳銃で自殺をしてるんです」それだけでも良かった。でもあなたは小説家。そのため少し話を盛り過ぎた、そのためこの言葉が出た。その言葉が出るのは、撃った張本人だけです」

負けたという言葉はまさにこういうことだ。自分はサスペンスやミステリーを書く小説家だが、実際に殺人を犯すと言うことになると、こんなにミスをするとは、正直感じてもなかった。
正直悔しかった。そのため自分は涙を流しながら

「あなたに分かる?今、娘は就職試験中。それだから離婚も出来ない。でも好きな小説を書きたい。でも縛られる。こんな生活が一番堪えられなかった、だから殺したの!!」

自分が怒鳴ると

「お母さん」

と言って佳世が部屋から出てきた。少し不安げな顔をしていたため、岡部に

「ねぇ、見逃してよ。あなたを本気で信じてるの。全て娘のためなの」

すると岡部が真顔で

「これは娘さんのためじゃない。あなた自身のためだ」

~終わり~

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