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(連載小説)「魔女の本~岡部警部補シリーズ~」第2話(全3話)

夜中に警察による実況見分・事情聴取などが終わり、自宅で一人になっていた。娘の佳世はメンタル部分が心配なため、自分の知り合いに預けた。
事情聴取では、自分は作業部屋にいて、銃声を聞いて駆け付けたと答えた。警察の話を聞いているだけでも、これは自殺で済むみたいで、自分は内心喜んでいた。
このまま事件が自殺で片付けられたら後はこっちのものだ。そう思い、作業部屋で一人微笑んでいた。そしてそこから今書いている新作小説の執筆作業に取り掛かった。
物語は既に大詰めに入っていた。執筆開始から僅か3日しか経っていないが、ここまで行くのは初めてだ。やはり自分にとって恋愛小説がホームグラウンドみたいなものなんだと感じており、笑顔でパソコンの打つ手を進めていると、インターホンが鳴った。
こんな時間に誰だと思い、玄関に向かう。するとすりガラス越しに人の姿がある。玄関を恐る恐る開けると

「あっ、八重樫恭子さんですか?」

「は、はい。そうですけど」

目の前には知らない女性の姿があった。スーツ姿で小柄な人で最初はセールスマンかと思ったが、こんな時間に来るわけがない。そう思っていると、女性が笑顔で

「私、警視庁捜査一課の岡部と申します」

胸ポケットから警察手帳を取り出し、自分に見せた。刑事さんかと思ったのと同時に、こんな時間に何の用だという疑問もあった。
そのため自分は

「あの、こんな時間に何の用ですか?」

「あっはい。私、今回の事件の担当になりまして、先ほど八重樫さんのご自宅にいさせてもらったのですけど、気づきませんでしたか?」

自分は考え始めるが、そんな女性は記憶になかったし、自分はリビングで刑事からの事情聴取で頭がいっぱいだったし、そんな周りにそんな人がいるとは気にも留めていなかった。申し訳なくなった自分は

「あっごめんなさい。気づきませんでした」

すると岡部は笑顔で

「大丈夫です。それなら話は早いので」

「はい?」

自分は言っている意味が分からずにいた。こんな時間に来てから話があるとは、早い遅い抜きとして早く帰ってくれと思っていたが、ここで話すのもなと思い

「あの、ここではなんですから、良かったらリビングで」

すると岡部が申し訳なさそうな顔をして

「あっすいません。ありがたいです」

と言って部屋に上がる。最初から上がる気でいただろと思いながらリビングに案内する。
自分はコーヒーを淹れてから岡部に

「どうぞ。コーヒーしかなかったんで、ごめんなさい」

すると岡部が慌てた表情で

「そんな、申し訳ないです。ごめんなさい」

「大丈夫です。どうぞ」

岡部が礼を言ってから、ゆっくりとコーヒーを口に入れる。この時期に飲むコーヒーはまさに最高の飲み物であり、岡部は笑顔で

「美味しいですね。キリマンジャロですよね」

驚いた。これは確かにキリマンジャロのコーヒーだが、飲んだだけで当てられるとは、自分はそんな人物に会ったこともなかった。そのため驚いた表情で

「よくご存じですね。そうですよ。スーパーにたまたまあったんです」

「なるほど。私結構コーヒーには詳しくて、職業柄よくコーヒー飲むので」

「あぁ。そうなんですね」

納得かそうじゃないかもはや分からないが、とりあえずそう答えるしかなかった。すると岡部が切り出して

「あっそうだ。今回八重樫さんにお聞きしたいことがありまして来たんですけど」

自分以外の用事で来られたのなら逆に追い出したかったが、そうじゃないことに少し安心を覚えて

「あぁ。なんでしょうか?」

「実は、先ほど科捜研の方に旦那さんや調査結果を回させてもらいました。ご協力ありがとうございます。それで旦那さんの件で少し気になる点がありまして」

「気になる点?」

これは良い敵が現れたかもしれない。自分はミステリーやサスペンスを書いている自分にとっては、こんな刑事すぐに追い出せるわという意気込みになっており、凄く内心喜んでいた。
すると、岡部は手帳を一冊取り出してそれを読み始める。そして口を開き

「あっ実はですね。実況見分の結果、旦那さんから硝煙反応が検出されませんでした」

「え?」

それは実は予想外で、近くから撃ったつもりだったが簡単に硝煙反応は検出されるものだと思っていた。
自分はすぐに思い出してみたが、確実に近くで撃ったよなと確信を持ちながらいると、岡部が

「おかしいですよね。上司は自殺で処理しようと思っているのに、もし自殺だったら硝煙反応が出ないことは有り得ません」

「ですよね。でも夫は銃で撃たれて亡くなってたって言ってましたし」

「確かにそれはそうなんです。でも、硝煙反応が出ないと言うことは、殺害された可能性もあるということです」

自分は少しでも殺人から遠ざけなきゃいけないと思ったが、良い言葉が見つからない。一歩言葉を間違えて刑務所に送られるよりかは、ここは納得しなきゃいけないと思い

「そうですよね。おかしいですよね」

すると岡部が自分の方を見て

「あの、申し訳ないんですけど、もう一度旦那さんの発見時の様子をお話してもらってもよろしいでしょうか?」

「またですか?」

「事件の参考になると思うので」

正直、自分は先ほどの男性刑事に話したことで精一杯だったため、まさかもう一度聞かれるなんて思ってもなかった。
でもこれを拒んだら、確実に疑われる。そう思い渋々

「あの時、自分の作業部屋で新作の小説を書いてました。そしたら11時半ぐらいかな。突然銃声が聞こえて、何事だと思って隣の寝室に行ったら、娘が腰を抜かしてて、よく見たら、ベッドに夫の遺体が」

自分は震えながら言った。こうでもしなきゃ多分信じてもらえないだろうと思いの演技だった。
すると岡部が

「なるほど。あの、作業部屋に伺っても大丈夫でしょうか?」

「え?」

普通なら寝室にでも行くのかなと思ったが、まさかの作業部屋?自分はこの女刑事が何を考えているのか、正直分からなかった。
でもとりあえずは案内しなきゃと思い、岡部を作業部屋に案内した。少し気が引けながらも部屋の中に2人で入ると、岡部が少し黙りながら物色し始めた。
棚にあった自分が今まで書いた小説の数々を見ていると

「あっ」

突然声を張ったため、自分は驚きながらも

「なんですか?」

すると一冊の本を岡部が取り出して

「これ好きなんですよね。「青い夕陽」。私映画も見に行きましたよ」

「青い夕陽」とは自分が初めて受賞した直木賞の一作でもあり、ミステリー長編小説だ。
主人公の星野警部が過去の同級生と恋に落ちるが、その周りで次々と殺人事件が起こるという内容で、本当は星野警部を主人公にいたシリーズ化も検討されたが、自分が断った。これはこの話だけでの主人公ということで。
去年映画化されており、主演は今人気の若手俳優・須藤雅也など豪華キャストが勢ぞろいし、話題になった一作だが、自分は気に入っていなかった。
実は自分は映画化やドラマ化があまり好きではない。何故なら本来小説を書いた人が脚本を担当すればいいのに、見ず知らずの脚本家が自分の作品に手を付けると言うことがどうしても気に入らなかった。
本来はこの映画化も反対してたが、プロデューサーからの熱烈なオファーにより承諾したが、許可なしにアレンジが加わり、見るに見れなかったのだ。結果として映画は大成功に終わったが、自分は二度と映像化はさせないと誓っている。
そのため、苦笑いをしながら

「それね。作品は良いんだけどね。映画がね」

すると岡部が不安そうな顔をして

「映画は、あまり好きではないんですか?」

「うん。ちょっと原作のかけらも無かったから」

「そうなんですか?」

自分は苦笑いしながら、椅子に座った。そのままパソコンを触りながら

「私ね、このパソコンのおかげで、沢山の小説を書いてきたの。そんな作品を他人がアレンジするなんて、どうしても許せないの。今回の映画だってそう。私の許可なしに次々に若い脚本家がなんだか知らないけど、アレンジしまくて、挙句の果てにオチまで変えられた。みんな面白いって言うけど、私はあんまりって感じかな」

「なるほど」

自分は恐らく初めてかもしれない。こんな見ず知らずの刑事に全部を話したのは、多分そのくらい鬱憤が溜まっていたのだろう。それに同じ女性だからかもしれない。
でもそんなことはともかく、一体なぜこの岡部がこの部屋に案内してくれと言ったのか。まだ物色を続ける岡部に自分が

「あの、なんでこの部屋に案内してくれと?」

岡部は思い出したかのような顔をして

「あぁ、実はですね。ちょっとした実験をしたくて。あのちょっといいですか?」

「え?」

そう言わるがまま、自分は岡部に隣の寝室に行くように言われて従うことにした。
自分はさっさと小説を執筆したいと言うのに、なんでこんなことしなきゃいけないのかと少し内心愚痴り始めて、立っていると、隣から大きな声で岡部が

「あっ八重樫さん。ちょっと叫んでみてください」

「え?あっ」

従うことしか出来ないため、自分は少し大きめに叫んだ。すると岡部が寝室に入ってくる。
一体何なのか分からないまま、自分は岡部に

「あの、どういう意味ですか?これは」

すると岡部が笑顔で

「あっ実は、ちょっと気になることがありまして。その確認です」

「え?」

岡部が持ってきたバックから手帳を取り出して、それを読み始める。

「確か、第一発見者は娘の佳世さんなんですよね」

「えぇ、そうですけど」

「あの、確か娘さんは一階の自室で寝ていて、銃声を聞いて駆け付けたということですよね」

「そうですけど」

自分は少し怒りながら言った。先ほどこの話は男性刑事に何回言ったことか。何回言わせるんだこの刑事はと思ったからである。
すると岡部が

「おかしいんですよね。だって、娘さんは一階で寝ていた。あなたは隣の作業部屋にいた。しかし、第一発見者はあなたではなくて、一階で寝ていた佳世さん。あなたも銃声を聞いた、娘さんも同時に聞いた。凄く不思議です」

なんだこの刑事は、自分を完璧に疑っている証拠だ。
でもこんな些細なことでここまで疑いだすとは、この刑事は少し敏腕かもしれない。でもそんなこと思っている暇はない。ここまで疑われているのに黙っているわけにはいかない。そう思い

「もしかして、私を疑っているのですか?」

岡部は少し微笑みながら

「いえ、何でもありません。ちょっと気になっただけです」

すると岡部の携帯が鳴り、それに出る。

「はい岡部です。はい、はい。分かりました、すぐ戻ります」

岡部が電話を切って自分に

「すいません。ちょっと署に戻らなきゃいけなくなって。これで失礼いたします」

「いえ、大丈夫ですよ」

自分は少し笑顔で言った。やっと帰ってくれると思って内心喜んでいたからだ。すると岡部も笑顔で

「ありがとうございました」

自分も礼を言うと、岡部は家を後にして行った。
自分は玄関まで見送ったが、この先また来る。この女刑事はまたこの家に来ると思って、正直小説を執筆する気にはなれなかった。
最初の執筆の勢いを返してくれと思ったが、そんなこと今言ったってどうしようもない。そのために少しリビングで就寝することにした。

翌朝・自分が目を覚ますと気づけば朝になっていた。ニュースを付けると、どうやら朝の6時ぐらいで、長く寝たみたいだ。
ニュースで自分のことを報じていた。やはり警察は自殺を主にして片付けるみたいなことを報じており、自分は少し微笑んでいた。
今日は目覚めの良い朝だ。自分の長年恨んでいる夫を殺して、一人になって好きな小説が書ける喜び、でも一人娘が気になる。
そのため、準備をしてから佳世の迎えに行こうとしていた。するとインターホンが鳴り、マイクで出ると

「あっ岡部です。ちょっといいでしょうか?」

なんだこの時間にと思いながら、玄関に出る。やはり目の前には岡部の姿があった。
目覚めの悪い朝だ。自分は一瞬でそう思い、少し不機嫌そうな顔をすると、岡部は微笑みながら

「あの、少しお話したいことがありまして」

「そうでしょうね」

「はい?」

「それ以外に、私に来る用事なんてないでしょ」

すると岡部が苦笑いし始めた。自分はただそれが言いたかっただけのため、少し笑顔になり

「どうぞ。話はリビングで伺いましょう」

2人はリビングに向かった。また深夜みたいにコーヒーを出し、岡部から話を聞くことにした。
すると岡部が礼を言ってから、コーヒーを飲み始める。
本当ならこのコーヒーに睡眠薬を飲ませて殺してやりたいが、そんな鬼畜なことは出来ない。夫を殺していながら何を言うみたいな感じだが、これ以上罪を重ねたくはないと思いながら見ていると、岡部が

「あの、今朝科捜研から解剖の結果が届きました。そしたら少し気になる点がありまして」

「気になる点ですか?」

今さら気になる点なんてあるのかと少し考え始めると、岡部が

「はい。実は旦那さんの体内から、睡眠薬が検出されまして」

「睡眠薬?」

なんだそんなことか。それだったらいくらだって弁解は出来ると思いながらも、少し自信を持ちながら聞いていると、岡部が手帳を取り出して読みながら

「はい。えっと致死量ほどは検出されていないんですけど、それに近いですよ」

「それがおかしいですか?夫は重度の不眠症で、睡眠薬無しでは生きられないんです。ですから、薬を寝る前に必ず飲んでいるんです。私は普通の事だと思いますけどね」

少し戸惑いながら言った。あまりにも普通に言うと疑われると思ったからである。すると岡部が冷静な顔で

「でもあり得ないんです」

「え?」

「たとえ、重度の不眠症の方が睡眠薬を飲んだとしても、この数値は以上です。だって致死量の寸前ですよ。そこまで医師は処方しません」

確かに考えてみれば、そういうことだ。自分はあの時ワインに入れた睡眠薬は少し多かったと今思えば、後悔の念が生まれた。
でも何か言わなければと思い

「た、確かに。でもそういうことになると、どういうことになるんですか?夫は殺されたと言うことになるんですか?」

「そういうことになりますね。恐らく、犯人が飲み物かその他の方法で睡眠薬を飲ませた。それで更に睡眠薬を飲み、完全に熟睡した旦那さんを殺したということになります」

「ということは、あなたが言いたいのは、私か娘のどっちかが殺したと言うことになるってことですよね」

自分は少し嫌味を含みながら言った。私も疑われているし、あろうことか娘まで疑われている。
母親の自分にとっては一番ムカつくことだ。そう思い出た一言だった。すると岡部が

「私は、あなたが殺したと考えてます。必ず証拠を掴んで、逮捕します」

これが正真正銘の挑戦状だと思いながら、自分は微笑んで

「望むところよ」

岡部はそのまま家を後にして行った。自分はこのまま負けるわけにはいかない。せっかく自分の好きな小説が書けるし、娘と2人きりの縛られない生活が待っている。
こんなところで逮捕されるわけにはいかない。そう思い、自分に自信を持ちながらも作業部屋に向かって行ったのだった。

~第2話終わり~

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