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石井竜也の借金

カールスモーキー石井が歌う米米クラブの「浪漫紀行」「君がいるだけで」は、「バブル」絶頂期を象徴するような曲だ。

ゴージャスなコスチュームで、一点の曇りもない楽観的な世界が歌われる。「躁」の時代の主題歌である。

東証株価が史上最高値をつけたのが1989年末。「浪漫紀行」の発売は1990年春。「君がいるだけで」が1992年春。

実はもうバブル崩壊が始まっていたのだが、世間がそれを事実だと認識するまで2、3年かかっている。株価は1990年初頭から落ち始めた一方、地価はしばらく維持された。のちに人々がバブル崩壊の象徴と記憶するディスコ、ジュリアナ東京の閉店は、1994年だ。

その「浪漫紀行」「君がいるだけで」が流行っていた頃が、私の人生の最悪の時期だった。

時代は「躁」だったが、私は「鬱」の極致だった。

詳しくは書かないが、「浪漫紀行」がヒットした頃、精神疾患を発病し、「死にたい」とばかり考えていた。体重は40キロまで落ちていた。

1年ほどしてなんとか少し回復し、リハビリを始めた。自治体がやっている安いスポーツクラブに通って、毎日ひたすらランニングマシンで走った。運動には抗うつ作用がある。

その時、館内でよく流れていたのが、「君がいるだけで」だ。地獄のような思いをしていた私は、「なんと能天気な世界があることか」と思った。

カールスモーキー石井は私と同世代で、30歳くらいだった。私は彼の歌の世界に嫉妬した。精神疾患がぶり返さないよう、心の中で耳を塞いでいた。

あれから30年。

石井竜也は、1990年代半ばの映画製作でつまずき、多額の借金を抱えて、自殺を考えたという。それが最近、芸能ニュースになっていた。

「バブル長者」の典型的な転落である。この話自体は前から有名のようだが、あのスポーツクラブで流れまくっていた「君がいるだけで」を思い出して、私は改めて感慨を抱く。

30歳では人生は分からない。やはり長生きしないと人生を味わえない。なあ石井、と60歳過ぎた同士で飲み交わしたい気分だ。


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