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五輪と自殺

JOC幹部が電車に飛び込み自殺した。開催されようと中止になろうと、もうオリンピックに明るいイメージは持てないだろう。

「五輪と自殺」といえば円谷幸吉が頭に浮かぶ人が多いだろうが、私は猪熊功のほうを思い出す。いずれも1964年の東京オリンピックのメダリスト(円谷はマラソン銅メダル、猪熊は柔道金メダル)だが、円谷の自殺は私が小学生時代の1968年であまり記憶にない。しかし、猪熊の自殺は2001年でまだ記憶に新しい。

それにしても、東京オリンピックの代表的ヒーローが二人自殺している事実には、改めて五輪の業の深さを感じる。

東海大学創立者の松前重義にとって猪熊功は「息子」のようなものであり、山下泰裕は「孫」のようなものだった。同じ東海大学で、東京オリンピック金メダリストの猪熊が、ロスオリンピック金メダリストの山下を育てたのだ。その山下が、今JOCの会長である。

漫画「YAWARA」ちゃんの姓にも使われた「猪熊」は、柔道の代名詞のようなものだった。その猪熊功がなぜ自殺したのかについては、井上斌、神山典士『柔道五輪金メダリスト猪熊功はなぜ自刃したのか』に詳しい(以下の「 」内は同書からの引用)。

簡単に言えば、猪熊は現役を退いた後、東海大学の関連会社「東海建設」社長となったが、庇護者であった松前重義の死後、バブル後の苦境に東海大学から融資を絶たれ、倒産に追い込まれた責任をとっての自殺だった。東海大学に恨みを残しながら・・・

猪熊は、東海建設の社長室で、腹心の井上斌(たけし)が見守る中、首に脇差を突き立てて自殺した。確実で速やかな死を自ら研究した結果、選んだ方法だった。享年63。

「猪熊は「今ならできる!」という低い叫び声とともに机上の脇差を取り上げ一気に首に突き込んだ。瞬間、卓上の鏡に血が数滴飛んだ・・・だが、さすがに猪熊の太い首はひと突きでは切れなかった。」

「今度は切っ先が項(うなじ)に突き抜けた。これが三週間近く二人で研究した方法であった。・・・バケツでぶちまけたような血がバーッと床に流れ出した。・・・猪熊は「もういいだろ」とつぶやくように言って、卓上に脇差を戻してソファーの背もたれに頭を預けた。血は首の傷口からとめどなく流れ出る。」

その死は「介錯なき切腹」をイメージしたもので壮絶であった。松前重義の死後、急に冷たくなった東海大学を恨んでの死だったが、それを生前にマスコミに訴えることなどはしなかった。社員従業員への手当まで済ませた上での自決は男らしいと言える。

その自決の一部始終を見届けた井上は、猪熊が東海大学の金儲け主義の犠牲になったと怒り、こう書いている。

「いつの間にか日本は金を持つ人間が一番偉く、「金がないのは首がないのも同じ」という社会常識が蔓延してしまった。かつてはこんなことを言う奴は、まともな人間ではなく犬畜生にも劣る下種な奴と思われていたはずだ。そんな言葉がスンナリと受け入れられてしまう今の世の中はなんとも異常だ。そう気色悪く思うのは私だけではあるまい」

今回のJOCの自殺者は経理部長だという。やはりカネか・・・と思わざるを得ない。

引用を書き写していて思い出したが、「金がないのは首がないのも同じ」は、高須克弥のパートナー、漫画家西原理恵子の座右の名でもあった。この「犬畜生にも劣る」と井上がいう人種は、そういえば名古屋でも騒動を起こしていた。「今の世の中はなんとも異常だ。そう気色悪く思うのは私だけではあるまい」。

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