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都築響一さんのメルマガ『ROADSIDERS' weekly』に寄稿しました

私の人生に影響与えたくれた本『ヒップホップの詩人たち』『圏外編集者』などを書かれている編集者・都築響一さんの有料メルマガ『ROADSIDERS' weekly』(2019/08/28号 Vol.369)-「Neverland Diner 二度と行けないあの店で」にコラムを寄稿しました。

http://www.roadsiders.com/

二度と行けないあの店で……本来なら通い慣れた飲食店を紹介するテーマなんですが、20代前半の人生そのものを捧げた牛丼チェーン店「松屋」のアルバイト時代についてまとめました。というのも、バイトしていた十三店がいつのまにか閉店していて、同じ松屋フーズが展開するとんかつ屋チェーン「松のや」に業態が切り替わっていたからです。

二度と行けない!!

いつもはみなさんからいただいた原稿から、イメージをかき立てられた印象風景をこちらで画像につくって添えている本連載。今回はみずから写真も配置した超力作原稿をいただいたので、特別編としてそのまま掲載させていただくことにしました。大阪最深部の夜が匂い立つ物語、お楽しみください!

本文一部の紹介「松屋バイトで見た十三の景色」

人生で一番しんどかった仕事は牛丼チェーン「松屋」のアルバイトだった。

二十歳前後の頃、「松屋」で深夜アルバイトを始めた。一般的な人生のレールから大きく外れ始めたタイミングで、昼間の明るい時間帯に人と会いたくない、もっといえば地元の友だちと会うのを避けたい。泥まみれのコンプレックスを抱えて、誰も自分のことを知らないインターネットにもっとどっぷり浸っていたかった時期だ。

場所は大阪の十三(じゅうそう)駅。阪急系列のターミナル駅として機能しているこの土地は、駅前に「しょんべん横丁」といわれる飲み屋ゾーン、当時も現在でも絶対にアウトな「名案内コナン」の風俗案内所、鉄腕アトムとサザエさんの磯野波平を勝手に合わせた謎キャラクター「鉄わん波平」、女性の脱ぎっぷりに独自通貨のお札で花束を作るおじさんがいるストリップ劇場「十三ミュージック」など、雑多で自由な昭和の欲望を抱え込んできた。そして今もなお、その欲望がこぼれ続けている特異な土地ともいえる。

●日商40万円の人気店舗とカオスな土地の洗礼
十三店で働き始めてから予想を超えるトラブルやアクシデントに巻き込まれることが増えた。そもそも昼間帯の希望を出したにも関わらず、人手不足を理由に深夜帯へのヘルプ出勤が発生。さらに売上が圧倒的に高い店舗のため、死ぬほど忙しい。日商は約40万円。12~13時のランチピークタイムだけで300人をさばくことも珍しくなかった。

この多忙加減は経験しないとわからないし、飲食バイトの世界にもよるかもしれないが、うまい、やすい、はやいの三拍子カルチャーをライバル店舗「吉野家」が掲げていることもあって、客が牛丼屋に求める基準は爆上がり。自分ではコントロールできない他者の意思に翻弄され続ける“戦場”に近い感覚だ。

忙しい時間帯は基本4人体制。それでも接客を一歩間違えれば、カオスな土地・十三の洗礼を受けることとなる。

一例を紹介したい。


●サービスの「味噌汁」にキレる客

「松屋」の人気メニューであり、コアなファンを抱えているのは「チキンカレー」だ。当時で280円ぐらい。現在は「オリジナルカレー」と「ごろごろチキンのバターチキンカレー」に枝分かれしてややこしい。

当時の「チキンカレー」は提供オペレーションも簡単なため、注文が入って数十秒で提供することが可能。このスパイシーでアッツアツの「チキンカレー」に、よかれと思ってサービス提供しているのが味噌汁なんだけど、この組み合わせに価値を感じる人もいれば、激ギレする人もいる。

「おい、兄ちゃん。こんな辛いカレーにあっつい味噌汁つけるってどういうことやねん! ただでさえ辛いのにもっと辛くなるやろうが! 店長呼んでこい!」

店長を呼べ。サービスの味噌汁なのに。気持ちはわからなくもないが、舌の好みで激ギレのクレームに発展するのは衝撃だった。辛さに激昂する客。でも、きっちり食べ終わっている。理不尽なクレームにただただ平謝りするしかない。料理に口うるさい海原雄山クラスのおじさんが「松屋ワールド」には突如出現する。


●血溜まりの人工臓器をさらけ出す客にキレる客

深夜2時。運営はいわゆる一人回しだ。飲み続けて終電を逃したサラリーマンや夜の世界で働く人種が訪れやすい時間帯ともいえる。テーブル席側にひとりのおじさんが座り込んだ。少し顔色が悪い。牛丼の食券を渡されて「牛丼一丁!」と声をあげて、自ら調理場へ戻り、牛丼を盛り付けて提供する。文字にすると滑稽だが、この一人回しこそが24時間営業の飲食店を支えているのも事実。

顔色の悪いおじさんに牛丼を提供するとき、服がめくられお腹がほぼオープン状態になっていることに気づいた。しかも、人工臓器らしき透明の袋がお腹に刺さっていて、そこには少量の血溜まりが見えた。

「えええ、どういうこと? 病院でも抜け出してきたの?」

しかし、どんな体調であろうとも、お客さんはお客さん。あまり気に留めず、そのまま深夜帯の清掃作業に勤しんでいたら、テーブル反対側のカウンターに座っていた客が吼(ほ)えた。

「おおおおおおい、兄ちゃん! あんな血溜まりのおっさんの腹見ながら、メシ食えると思ってんのか? 気持ち悪くて牛丼が喉通らんわ!」

ごもっともな意見だった。ただ人工臓器のおじさんには悪気はなく、少し離れた距離で牛丼を食べている存在に過ぎない。このどうしようもないクレームが現場に出現しても、店舗側の運営マニュアルに対処法は書かれていない。あまりにも特殊すぎるし、どちらの気持ちもわかる。

最大の配慮を払いつつ、人工臓器のおじさんには「すみません、お客様。あちらのお客様がちょっとお腹のモノに違和感があるようで……」と一言告げて、少し早めに退店してもらった記憶がある。この一言告げている姿勢をカウンター側の客に示すこと。意見を聞いてとりあえず形だけでも謝罪し、最大限対処することが「松屋ワールド」を生き抜く秘訣なのだ。たぶん。

続きは都築さんのメルマガで

今回の寄稿は、コピーライター・日下慶太さんのご紹介で実現しました。ちょうど自分の言葉で、自分のことを、しっかり書ききることに向き合いたいタイミングだったので嬉しかったです。

執筆に合わせて大阪へ。十三駅をぶらぶらとめぐりながら、松屋の変化を見てきたんですが、心のどこかで「当時一緒に働いていたスタッフがいるのでは?」とドキドキしながら店内をうかがっていました。いろんなことがあっても、ある種古巣的に「松屋」の体験が人生にこびりついているのは間違いなくて。町の変化とともに人は移り変わっていく、ただそれだけの当たり前に気づけた時間でもありました。

ちなみに松屋自体は駅前に新店舗がオープンしていて、いまもなお十三駅の近くには2店舗存在しています。同じ味の同じ空気の牛めしやカレーが提供されていて、数年ぶりに牛めし(並)を食べたその感想は「このメシをたったの320円で!? 企業努力マジでやばい」でした。アルバイトから経営者へ。そのウラ側に思いを馳せるおじさんになってしまいましたが、飲食店バイトに支えられている当時の私みたいな若者もいっぱいいるだろうし、320円の牛めしで食を満たしている人たちも大勢いる。なんやかんや松屋はすごい。

以下、都築さんのメルマガ『ROADSIDERS' weekly』の説明文です。好きなことを好きに表現する。制約のない世界を自ら作り上げた月額1080円のメルマガ、ぜひ一度購読してみてください。この連載「Neverland Diner 二度と行けないあの店で」のバックナンバーも名だたる人が寄稿していて、世の中をとらえる目線に愛が詰まっています。

雑誌にドキドキしなくなってから、もうずいぶんたちます。発売日をちゃんと覚えていて、その日は本屋に寄るのが朝から楽しみだった、なんて雑誌が前は何冊もあったのに。

20歳になったころに、創刊されて間もないPOPEYE編集部で働き出したのが1976年のこと。それから35年間たったいまも、僕にとっていちばんいとおしいメディアが雑誌であることにかわりはありませんが、この数年間、「これを書きたい、これを見せたい!」という気持ちを受けとめてくれる雑誌が、どんどんなくなってきました。ちょっと、恐ろしいほど急激に。たぶん、同じ思いを抱えているジャーナリストが、たくさんいるはずです。

長引く不景気とか、出版社の広告依存体質とか、編集者の勇気や覇気の欠如とか、いろんなことのせいにするのは簡単ですが、でも、なくなっちゃったものに文句言っててもしょうがない。だれもやってくれないなら、自分でやるしかない! というわけで、2012年1月からメールマガジンという形式で、個人雑誌を発行します。もちろん、ほんとは印刷した雑誌にしたいけれど、それは不可能なので、メルマガにさせてもらいました。でも、このほうが書籍よりもはるかにスピーディに、たくさんの写真や長い文章をお送りできます。日本の、世界のどこにいても受け取ってもらえます。

名づけて『ROADSIDERS' weekly』。毎週水曜日に、月に4回お届けします(第5週目はお休み)。2009年5月から毎週水曜日にブログ『roadside diaries』を書いてきましたが、これは僕にとってメルマガ発刊のためのトレーニングでもあり、ウォーミングアップでもありました。

ロードサイダーズは毎月1000円の購読料をいただく有料メールマガジンです。1冊あたり250円。そのお金で取材に行き、書き下ろし、撮り下ろしの記事を制作して読んでいただきます。毎回、新しい記事が1、2本。それにいままで単行本に未収録だった、さまざまな記事もアーカイヴとして併せてお届け。なので毎週、かなりのボリュームになるはずです。これまではブログ形式だったので、スマートフォンではない、ふつうの携帯電話でもお読みいただけましたが、今回は長い文章とたくさんの画像を含んだ内容(HTMLメール)になるため、ふつうの携帯では画像がはじかれてしまいます。できればパソコンかスマートフォン、iPadのようなデバイスでお読みください。

読んでほしいレポートやインタビュー、見てほしい写真、知ってほしい場所やモノや、ひとびと。どの雑誌にも載せることができなかったストーリーを、購読料を取材費にして実現させてくれるみなさんは、僕にとってカスタマーというよりサポーターです。どこまで走っていけるかわかりませんが、かけがえのない伴走者であり、尻を叩いて背中を押してくれる鬼コーチであり、周回遅れの孤独なランナーに届く声援です。

ひとりでも多くのみなさんと、
ロードサイダーズ誌上でお会いできますよう。

都築響一

http://www.roadsiders.com/subscribe/


1982年生まれ。全国47都道府県のローカル領域を編集している株式会社Huuuuの代表取締役。「ジモコロ」編集長、「Gyoppy!」監修、「Dooo」司会とかやってます。わからないことに編集で立ち向かうぞ!