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道具は学びをもっと楽しくする。文房具や空間を上手に使おう!


学生時代に日本で放映が始まった「セサミストリート」に衝撃を受け、「学びは楽しくていいんだ! 自分がやりたかったことはこれだ!」とアメリカの教育界に飛び込んでいったという上田信行先生。


過去30年、グローバリズムやコンピューターの出現など、社会は劇的な変化を続けてきましたが、それはそのまま上田先生の学び研究の歴史でもあります。変化を楽しみ、それをエネルギーに変えていく。上田先生のあり方が“プレイフル”のお手本だなとわたしたちは感じました。

「鉛筆を握って『書く』ということには特別な意味がある」というお話から、「しゅくだいやる気ペン」は、子どものワクワクを生み出すツールになれる! もっともっと多くの親子に活用してもらえるように頑張ろう! と思いました。

ワクワクする体験は日常の中にある


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かきほめ前回、気の進まないことや苦手なことをするのに、もっとも簡単な解決策は「誰かと一緒にやることだ」とおっしゃっていました。ですが、現在、外に出られない、人にもなかなか会えない状況で、子どものワクワクをつくることはできるでしょうか。「家」という限られた空間でどんなことができるか、親としては悩んでいます。

上田先生:先日、三歳半の孫に頼まれてポケモンの本をプレゼントしました。そしたら、うっかり、もうすでに持っている本を送ってしまったようなんです。それを無駄にしてはもったいないからということで、ちょっとこんな提案をしました。「カットアップ(寸断)」という冒険です。

まず、本を全ページバラバラにしてしまうんです。ほんとうは、本をバラバラにするなんてやっちゃいけないことなんだけど、この本だけ特別にやってもいいと説明して、やってもらいました(笑)。
次に、自分が気に入ったイラストや文字などを切り抜く。そして、それらを大きな紙の上に好きなように貼っていくんです。あとで息子夫婦に聞いたら孫はおもしろがって、何時間も集中してやっていたそうです。そして、ハサミも上手に使えるようになったと、驚いていました。

情報を一度バラバラにして、新たに組み立てると、全然違うものができたりします。この手法を僕に教えてくれた詩人の方は、自分で書いた詩を解体して、そこから新しい詩を作ってみると新しい発見や気づきがあると言っていました。

ものづくりの現場でも、自分の頭にある情報だけでは限界がありますよね。だから、雑誌を100冊ぐらい持ってきて、それを眺めながら気に入ったページを直感的に「カットアップ」して、アイデアを練ることがあります。
僕は、何年もこんなことばかりやってきたので、オリジナルのワークショップのレパートリーがかなり増えました。紙やハサミやペンといった文房具があればできることばかりです。


かきほめ:すばらしい……(こんな楽しいおじいちゃんが家にいてくれたら最高だなぁ)。


教育を子どもの能力のせいにしないで!


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上田先生僕は、勉強ができないことや楽しいと思えないことを子どものせいだと思ったことはありません。「楽しくないのは道具が楽しくないからだ」と考えてきたんです。だから、道具を工夫して子どもの体験をワクワクするものに変えていきたい。みなさんと同じアプローチです。

かきほめ:そうですね。僕たちもこのペンでどうやったら子どもをワクワクさせられるんだろうということを日々考えています。もっともっと改良できたらいいなと思っています。

上田先生:道具という概念を拡張して、最近は「空間」のデザインにも携わっています。建築家の方と一緒にある大学の新校舎の設計プロジェクトに参加したことがあるのですが、そこでは世界中から365種類の椅子を選んで購入しました。学生がその日の気分で、好きな椅子を選べるようにしたんです。
それから、空間も、教室や廊下の区別を極力なくし、人と人との交流が起きやすい路地のような設計になっていたり、ホワイトボードが床にある教室などがあります。そうしたら、「こんな部屋でどうやって教えるんですか」と、先生方に呼ばれてしまって(笑)それを考えるのが先生の仕事でしょう? って言ったんです。
アクティブ・ラーニングなど、昨今の教育界は新しい学びの形を取り入れようとしています。でも、どんなに新しいことをしようとしても、普通の教室では限界があると思うんです。今までにない空間、学生や子どもたちを挑発するような空間でこそ新しいアイデアが生まれます。

かきほめ:家庭でも、子どもが楽しくなるような空間の工夫ができますか。

上田先生:そうですねぇ。たとえば、ふだんは、ノートという平面に文字を書いていますよね。だから、模造紙を壁に貼って「縦の空間」に文字を書かせるのはどうでしょう。これだけでも、いつもとは違うモチベーションがわいてきます。

かきほめ:なるほど! それならすぐに実践できそうです。壁にラクガキするみたいで楽しそうです。


「書く」ということにはすごい効果がある


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上田先生:「鉛筆を握って書く」ということは、もっともシンプルなアウトプットの一つですよね。しゅくだいやる気ペンが「鉛筆を握る力」も計測できたら、どれくらい強い気持ちで宿題に向かっているのかということがわかるかもしれません。

かきほめ:なるほど……。グリップを握る強さですか。それは考えつきませんでした。ただ、このペンは、実際に文字を書いているときの振動だけではなく、ペンを持っただけで生じる微細な振動も計測できるように設計しました。というのも、モニターの子どもたちを見ているときに、ペンを持った時点ですでに「やる気」を持っている状態だと気づいたからなんです。「持つ」「握る」ということは「さあ、やるぞ!」っていう気持ちの表れだなんだなと。

上田先生:同感です。「握って」「書く」ということの背景には、タッチパネルに触れたり、キーボードを叩くのとは違った感覚があると思いますね。「いま自分は考えている」「何かを生み出そうとしている」というより強い身体感覚があるのではないでしょうか。

じつは僕も、今日会う人は苦手だなあとか、この講演は緊張するなあと感じるとき、気に入ったペンを握って話します。するとうまくいったりするんですよね。

かきほめ:おもしろいですね。文房具はモチベーションを上げたり、不安をコントロールするツールでもあるんですね。

上田先生:そうなんです。そして、書くということ、手を動かすことは、知識や情報を生成して理解することにも大きな影響を与えていると思います。

「スクライビング(グラフィックレコーディング)」という手法がありますが、壁に貼った大きな紙にカラフルなマジックを使って、ミーティングの内容を自由に描いていくのです。このような役割をする人を“スクライバー”と呼び、ポイントは、スクライバーが自分の主観的なイメージで思いきり描くことに面白さがあります。

スクライバーが書いたものを見ながらミーティングを進めていくと、議論が深まったり拡張していったり、おもしろいアイデアが出てくるんです。

例えば、小学校の授業にスクライビングを取り入れると、より授業がダイナミックで双方向になっていくと思います。スクライビングをやる子ども“スクライバー”を、授業の最初に2、3人決め、授業を聞きながら感じたことを自由に描いてもらいます。授業の最後にクラス全員で描かれたものを見ると、振り返りのすばらしいツールにもなります。

かきほめ:ただ、ノートをとるだけより楽しそうですね。

上田先生:そしてもうひとつ付けくわえるなら、発色のいい、スイスイ書けるペンを使うのがいいんです。書いたものがきれいだと、それだけでもっともっと書きたくなるんです。文房具というのは、頭を良くするためにあるんじゃない。自分や他者を楽しませるためにあるんだと僕は思っています。

今年の3月まで勤めていた大学では、1年生の概論クラスでは、大きなスケッチブックとカラフルなマジックペンを「学びのクリエイティブキット」として配布しています。そして、最初のクラスで、マジックペンの持ち方から教えるんです。「ペン先のここが斜めになっているから、こうやって線を引くときれいに書ける」とかね。上手に使えば使うほど、書くことは楽しくなってくるんです。


弱さを見せられる子は、どんどん成長する


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上田先生:僕が提唱している「プレイフル」の定義の一つとして「メタ認知で学びをコントロールする」ということを挙げています。
メタ認知というのは、自らの学びのプロセスを振り返り、言語化し、その気づきを通して自分の可能性を拡張することです。この「メタ認知的スキル」を鍛えるためにも「鉛筆を握って考えながら書き、書き直しながら考える」ということが大切になってきます。

さらに「メタ認知」が大切なのは、自分の弱さを認識して、不安をFUN(楽しみ)に変えていくというところです。

いまの親御さんに僕がアドバイスできることのひとつは、「自分の弱みをちゃんと見せられる子に育ってくれればいい」ということです。日本の社会では、多くの人が、意識的にも無意識的にも「弱さ」を隠すことに多大なエネルギーを割いている。でも、そのエネルギーを課題に向けるとすごくポジティブに生きていくことができます。

これからの社会では、おそれずに勇気を持って新しい世界に飛び込んでいけること、そして、何かを実行するために人と協同することがますます大事になってくると思います。
そこでいちばん大切なのは、じつは、自分の弱さを自覚できることだと思うのです。
弱さから逃げるのではなく、自覚し、さらけ出すことができれば、その弱さを強さに変える方法や、仲間に出会うこともできます。
もちろん、弱さを見せることが「いじめ」につながるような土壌があってはならないし、その環境を改善していくことが先です。まずはご家庭で、お子さんの「弱さ」のとらえ方を変えていくことが大事だと思います。

かきほめ:そうですね。子どもの弱さに、親はどんなふうに向き合うのがいいのでしょうか。

上田先生:宿題のときに、子どもが書いたものを親子で一緒に「振り返る」のはどうでしょうか。うまくできないことを責めたり叱ったりするのではなく「ここはどうしてこんな風に書いたのか教えてくれる?」と質問してみてください。子どもが自分の考えを言葉にする習慣が必要なんです。

家庭学習は、苦手なところ、弱いところこそ、挑戦しがいがあると捉えて行動していく場です。自分は何度でもやり直せるんだという粘り強さと好奇心を子どもの中に育んでいく場でもあると思いますね。

かきほめ:なるほど。そう考えると、親の日課になっている宿題の「丸つけ」も、ただの作業じゃないんですね。子どもの前向きさや心の強さを育んでいく大事なチャンスですね。


学びの入り口は広いほうがいい


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上田先生:プレイフル・ラーニングとはどういうものなのかを聞かれることがあるのですが、じつは一言でいうのはとても難しいのです。
こうすれば「プレイフル」になれるというようなものではなく、没頭したり、熱狂したりする人や場のなかに自然と生まれてくる(生成されてくる)ものだと僕は考えています。

長年、大学で生徒たちを教えてきた経験から言うと、学びの入り口をどんどん広げていく、言い換えると好奇心の間口を広げていくと「プレイフル」はより活性化するということは言えると思います。

知識の獲得には「垂直的」に知識を積み上げていくものと、「水平的」に興味を拡張していくものとがありますが、僕の学生たちはおそらく、水平的に学びを拡張していました。

異なる企業やさまざまな分野の課題に「毎週取り組む」ということをやってきたからです。1年かけて一つの課題を掘り下げるのではなく、毎週違う課題に取り組んでもらったのです。

当然、生徒たちは「こんなの無理です」「準備する時間がありません」と言います。そんな時に、無理という代わりに「NOT YET、まだできてないだけ」と言おうと励ましてきました。

このような「YET精神」で困難を乗り越えているうちに、ちゃんと1週間で仕上げられるようになっていきます。情熱と粘り強さがゴールを達成するエネルギーになるのですね。

かきほめ:学習というのは、英語力、数学力など、一つのことを掘り下げ、専門性を高めていくというのが理想的だと思っていましたが、そうではないんですね。

上田先生:たとえば、アメリカの大学では日本でいう「一般教養」、リベラルアーツを4年間学び、専門に進むのはそのあとだったりします。それは、幅広い知識を身につけるということが、自分を解放したり自由にするということにつながると考えられているからだと思います。

つまり、水平的に学びを広げていくということは、多くの分野に自分の可能性を開いていくということなのです。その結果として、自分はいったい何を探求していきたいのか、どの分野で貢献したいのかがわかってくる。それを、もし「将来の専門性を伸ばすのに役に立つから、広く学びなさい」といわれたら急におもしろくなくなりますよね。子どもたちにはただただ、興味の赴くままにおもしろそうなことに飛びついていってもらいたいんです。
「楽しい!」という思いがいちばん大事。それをエンジンにどんどん自分の世界を広げてもらいたいですね。

かきほめ:なるほど。習い事がつづかなかったり、次から次に子どもの興味の矛先が変わるのを心配している親御さんもいると思います。でも、水平的に知識を広げているというとらえ方ができれば、親もちょっと希望が持てますね。


「余白の時間」を大切にしよう


かきほめ:子どもと一緒にワクワクしながら学べそうなアイデアをたくさんありがとうございました! 最後に、いま、家庭学習を頑張っている親子に向けて、メッセージをいただけないでしょうか。

上田先生:この数か月は、みなさんの、これからの人生にとっての余白の時間だったのではないかと僕は思うんです。

休校によって学習に遅れが出ていることを心配している方も多いけれど、この余白の時間に気づいたものを大切にできたらいいと僕は思いますね。
「子どもとの時間をいかに楽しく過ごすか」とか「どうやったら子どもをワクワクさせられるのか」といったことを、この数か月、親御さんは必死になって考えたと思います。

それは、子どもの人生にとって、とても価値のある時間だったと思います。

高くジャンプする前に低く身をかがめるのと同じように、新しい世界に飛び込む日がくる。

新しい世界に行くことには、多少の痛みがともなうかもしれないけれど、僕も頑張っていきたいと思っています。

一緒にワクワクしながら進んで行けたらいいですね。
ひとことで言えなくてすみません(笑)。


(編集後記) 子どもたちの安全を確保しながら、衣食住をととのえ、さらに在宅ワークもこなすという日々は本当に大変だったと思います。まずは、そんな親であるわたしたちが、上田先生のおっしゃるとおり「自分をほめる」「できたことに目を向ける」ことができればいいなと思っています。緊急事態宣言が解除となり、学校が再開した地域の方も、これからの地域の方も、この余白の時期をひきつづき子どもたちと楽しむことができたらと願っております。

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【PROFILE】上田信行(うえだ・のぶゆき)さん
同志社女子大学名誉教授、ネオミュージアム館長。1950 年、奈良県生まれ。同志社大学卒業後、『セサミストリート』に触発され渡米し、セントラルミシガン大学大学院にて M.A.、ハーバード大学教育大学院にて Ed.M., Ed.D. (教育学博士)取得。専門は教育工学。プレイフルラーニングをキーワーに、学習環境デザインとラーニングアートの先進的かつ独創的な学びの場づくりを数多く実施。1996~1997 ハーバード大学教育大学院客員研究員、2010~2011 MIT メディアラボ客員教授。著書に『プレイフルシンキング:仕事を楽しくする思考法』(2009, 宣伝会議)、『協同と表現のワークショップ:学びのための環境のデザイン』 (2010, 共編著、東信堂)、『プレイフルラーニング:ワークショップの源流と学びの未来』(2013,共著、三省堂)、『発明絵本 インベンション!』(2017, 翻訳、アノニマ・スタジオ)など。

7月に新刊『プレイフルシンキング【決定版】働く人と場を楽しくする思考法』(宣伝会議)が発売予定。

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テキスト・岡田寛子/イメージ写真・上野俊治

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