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シリコンバレーのスタートアップから見た世界地図に日本はあるのか?

挑発的なタイトルです。私は普段、シリコンバレーのテック企業で数少ない日本人として、日本市場にコミットした活動を行っています。つまり、日本企業が主にシリコンバレーで成功することをサポートすることが私の役割であり、約4,500人の非日本国籍の同僚に日本企業や日本市場を売り込む場面が多くあります。今回は、日本企業、市場はシリコンバレーでどう見られているのか?という観点を、私の日々の実感をもとに考えたいと思います。

日本の国際競争力の冷静な立ち位置

出典:https://diamond.jp/articles/-/177641

これは、週間ダイヤモンドの8月20日号からの抜粋で、同時期に大きく話題になった図です。「平成」という、一見穏やかで成熟した元号の字面とは裏腹に、ここ30年、多くの日本企業が著しく国際競争力を失ってしまった事実を表しています。

今から30年前、平成元年(1989年)7月に世界最大の時価総額を誇った企業はNTTでした。当時のレート(約140円/ドル)ですと、約23兆円の時価総額を誇っていたことになります。2位は日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)の約10兆円。実に上位50社のうち32社が日本企業であり、まさに日本は経済大国として栄華を誇っていたことが思い出されます。

ところがそれから30年、世界のパワーバランスは大きく変わりました。初の1兆ドルを超えたAppleを筆頭に、上位50社のほとんどがアメリカ、もしくは中国企業で占められています。唯一35位にトヨタが約22兆円(114円/ドル換算)でランクインしていますが、30年前の経済大国の面影もない状況です。
この図を理解するにあたって重要な視点は、この30年の競争力の相対的な低下を、多くの日本企業は切迫感をもって捉え切れていないという点だと思います。

30年間、絶対額だけで比較すれば、日本最大の企業の経済規模はほぼ変化がないということになります。それどころか、日本の名目GDPは1989年当時の約420兆円から現在の約550兆円まで、30%超の伸長を見せています。これは年平均で約1%の低成長になりますが、成熟し変化の少ない市場の中で持続的な成長を続けてきた実感がまやかしになり、多くの企業が「アメリカ、中国に取り残された」という実感が持てないのが現実ではないでしょうか。私が普段お付き合いする日本からの来訪者の無自覚なエリート意識と、シリコンバレーで私が戦う日本企業への期待の低下の間には、差が広がる一方です。ますますガラパゴス化する「日本でしか活躍できない人材・組織」の量産に歯止めをかけなければいけません。

海外のスタートアップから見た日本市場のリアル

活動の一環で、グローバル本社のスタートアップ支援事業、コーポレートアクセラレーターを日本に展開する検討を行っています。スタートアップは特に展開先の市場調査に非常にシビアな視点を持っています。当然ですが、支援事業を展開する際には現地のスタートアップのエコシステムへの貢献が最優先です。

一方では、海外で展開している既存のスタートアップ支援事業を窓口に、日本の優秀なスタートアップの海外展開をサポートする可能性を検討しています。ただこの点に関しては同業のアクセラレーター、インキュベーターが多く存在してしまっており、すでに市場の関心が食傷気味であること、並びに私たち法人の現在の日本市場との結びつきが弱い部分であり、よいスタートアップのソーシング品質が安定するまでには時間がかかることを覚悟しています。

他方では、世界中にすでに張っている既存のプログラムの幅を活かしながら、海外の見込みのあるスタートアップを日本市場に展開する意義もあり、こちらはより短期的なメリットを日本市場に提供できるのではないかと期待しています。日本への事業展開にあたっては、私たちがエンタープライズ領域のスタートアップのテクノロジーの可搬性やビジネスの実証性を担保し、日本のスタートアップエコシステムに健全な競争機会をもたらすことが短期的な目標です。以下では、この展開の検討にあたって私たちがまさに日々直面する、「海外のスタートアップから見た日本市場のリアル」をもとに、表題への考察を深めていきたいと思います。

1. 世界3位の市場規模、世界5位の国家競争力

日本企業が衰退したという論調で展開してきましたが、未だに日本は世界最大のビジネス大国の一つであり、国家としての堅牢性、信頼性も高い国です。

出典:https://www.weforum.org/agenda/2018/10/the-80-trillion-world-economy-in-one-chart

WEFが公開した世界競争力インデックスによれば、日本は健康、社会インフラの安定性、ならびに公安、安全性での評価が高く、主にビジネス上のリスクが少ない国家として競争力を保っていることが分かります。

出典:https://www.weforum.org/reports/the-global-competitveness-report-2018

2. 市場としての投資総額、可能性(ソフトバンク・ビジョン・ファンド除く)

リスクマネーの投下状況はどうでしょうか。これは不確かな未来に対しての投資という風に読み替えれば、国家の将来性のバロメーターでもあります。なお、ここでは特異性、寡占性が高く、必ずしも日本市場の健全性を図るバロメーターとして適切とは言い切れないソフトバンク・ビジョン・ファンドは省いて考察を進めます。

出典:https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kanmin_fund/dai9/siryou3.pdf

欧米には見劣りするものの、日本のVC投資金額は順調に推移しており、2018年度は5,000億円を超えるビッグイヤーになりました。

出典:https://jp.ub-speeda.com/analysis/archive/68/

特筆すべきはそのGDP比率で、未だにアメリカには規模、比率で遠く及ばないながらも、スタートアップ先進国と呼ばれるフランス、ドイツと比較しても、より多くの資金が国内の成長企業に振り向けられていることが分かります。

とすれば、市場としての成熟度が保たれることが保証されていれば、日本はシリコンバレー、ないしはスタートアップから非常に魅力的なビジネス環境と言えるわけです。ここでの問題は、日本が先進国の中でもまれに見るほどの経済成長の鈍化が懸念されている点です。

IMFは先日、日本のGDPが2040年までに25%減少するという警鐘付きの予想を発表しました。この要因は少子高齢化による急激な労働人口の減少ですが、同時に労働生産性を高める打ち手が講じられていない、という外部評価でもあります。現時点で日本のスタートアップ環境は成熟度が高いとは言えず、加えて将来性を危ぶむ通説が、多くのスタートアップにとっての日本市場の魅力を下げてしまっているようです。

3. 面倒な市場

私がシリコンバレーのスタートアップと会話して気づくのは、日本は難解で面倒な市場だと思われている点です。上述の競争力の低下に対する危機感の希薄さはもちろんのこと、実ビジネスを行う上で下記が制約になることが多いと聞きます。

① 言語、システム体系が日本でしか通用しないガラパゴス構成になっている

日本人の英語力の乏しさは語りつくされてしまっていますが、時間的制約の多いスタートアップにとって、コミュニケーションの取りやすさは死活問題です。これは単なる普段の会話の話だけではなく、システム構成をとっても、非常にガラパゴスなルール設定に依存した難解な体系を取っています。

② スタートアップへの共感度が低い

同様に、内向きで既存のステークホルダーに依存したビジネスを続けてきた日本企業にとって、大企業とは比較にならない成長速度と事業リスクを併せ持つスタートアップとの取引には、従来の大企業間のビジネスを前提とした自前主義から脱する意識が重要です。12-18カ月間の資金調達しか受けていないアーリーステージのスタートアップに、ビジネスの前提となる覚書の締結を従来通り強いる、というのは一例ですが、こうしたスタートアップのビジネス環境や切迫さに共感ができないのは、私たち側の問題であることを理解すべきです。

③ 実績、成功体験がほぼない

スタートアップとのオープンイノベーションという取り組みは食傷するほど聞こえてきますが、社会課題の変革につながるような実績が見あたらないのは問題です。後述しますが、現存する日本のオープンイノベーション事例は、往々にしてステークホルダーのパワーバランスが悪く、大企業中心の従来のエコシステムの延長上に設計されていることが多いです。これがエコシステムの形成に対するスケール感の遅れに繋がっています。

④ ある程度成熟したスタートアップでないと受け入れられない

言語や商習慣の問題から、必然的に日本に展開を決めるスタートアップの多くはレーターステージと呼ばれるフェーズにあり、若いスタートアップにとって活躍の場が少ない現状があります。これには問題があり、スタートアップがもたらす先進性や成熟スピードが薄まって伝わってしまうことです。おおよそ欧米や他のアジア地域で成功を収めてから日本に展開するため、日本市場はいつまでたっても他市場の追従しかできないという体系が出来上がってしまっていることです。

⑤ 内向きなスタートアップコミュニティに慣れてしまっている

これは、スタートアップコミュニティ自身の目線にも大きく影響をします。シリコンバレーに集まる起業家の半分は移民1世であり、世界中から世界初、世界最高の問題解決の当事者となることを夢見てタレントが集まってきます。シリコンバレーの強さの大きな一つです。転じて日本には、他の市場ですでに使い古されたスタートアップのアイデアと、ガラパゴス化した市場、成熟した大企業のビジネス方針が掛け合わされ、日本でしか活躍できないアイデア、もしくは海外で流行しているアイデアの「日本版」というアイデアがありふれていきます。先ほど市場の成長鈍化リスクに言及しましたが、競争力が減りゆく日本市場において、これは健全なエコシステムの発達ではないと、冷静な海外の起業家、投資家は見ています。

4. 大企業側のオープンイノベーションの構え

スタートアップにとっての最大のビジネスパートナーである大企業側の問題点について補足をしていきます。シリコンバレーには900社超の日本企業が進出し、一見、大企業側のオープンイノベーションの受け手は充実しているように見えます。ただ、ここには注意が必要です。スタンフォード大学で東アジア研究の専門家、櫛田健児先生の言説を引用します。

出典:https://svs100.com/cvcworstpractice-kenjikushida/

非常に重要なポイントがいくつか述べられていますが、私が注目する1点は、大企業側の事業創出に対するコミットメントです。スタートアップをサプライヤーの1社としてみなしたうえで、既存ビジネスとのシナジーを求めすぎるようでは、短期で爆発的な成果が必要とされるスタートアップ側のニーズにかい離が生まれ、成功は期待できません。スタートアップが志す課題解決やその実現スピードに共感し、そのスケールパートナーとして大企業側が自社の幅を活かしたユニークなサポートを行えるかという逆転の発想が重要だということです。

もう1点は人材の重要性です。「ピッチャー・キャッチャー問題」とよく呼ぶ現象があります。シリコンバレーに派遣した駐在員が自己成長し、会社の変革を志すようになる。ところがサポーターであるはずの本社部門がこの危機意識に追従しきれず、シリコンバレーのピッチャーから報られた「球(変革アイデア)」を拾いきれないというものです。これは、上述したスケールの大きなイノベーションを起こすためには、一過性のアイデアに頼るのではなく、人材育成や組織変革に根差したコミットメントを受け手側が取れるかどうかという問題があります。

まとめ

悲観的な内容になってしまいましたが、能動的でコミットメントあるスタートアップエコシステムの発展に期待を込めて書きました。日本市場を検討するスタートアップ側の視点に立てば、1社1社とのビジネスの可能性よりも、彼らの活躍を後押しするセーフティーネットの設置が急務です。私自身もこの当事者として、本物のスタートアップを海外の既存ネットワークから日本市場に連れてくること、ここでの学びを体系的にまとめ、発信し、市場に還元していくこと、そして日本から世界スケールのスタートアップが生まれることを支援することを通じて、日本市場を活性化させたい。これを使命と考えて行動していきます。

おことわり:本投稿はあくまで筆者の個人的見解に基づくものであり、筆者が所属する組織の一切の公式な見解を表すものではありません。

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