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深夜のコンビニ

「こんだけ暇だと、アホなこともするわな」
掃除と品出しを終えた俺と下田は、深夜のコンビニで暇を持て余していた。全くの無の時間。客もいないしやることもない。こういう時なんだろうか。アイスケースに入ってSNSに投稿してしまうのは。人の目がない店。そんな特殊な空間は非日常への入り口のようで色鮮やかにみえた。

下田は店内をぐるっと一周すると、レジに立っている俺の方へと歩いてきた。
「俺とお前の二人だけ。強盗に来てくれって言っているようなもんだよなー」下田はおどけたようなポーズをとった。
「来たことないけどね」
俺の知っている限り一度もない。強盗なんてテレビのニュースの世界、どこか別次元の出来事のように感じていた。下田の方に視線を向けるとカウンター越しに目が合う。
「もしさ、お前がここに強盗に入るならどうする?」
ぎょっとした。俺は辺りを見回して、店内に人がいないことを改めて確認する。
「そうだなぁ。週末はだいたいどの時間も客がいるから、やっぱ平日だろうね」
「毎日同じ時刻に来るやつもいる。仕事終わってから寄ってるんだろうな。そういう人は覚えておいた方がいい」
「搬入のトラックが来るのは――2時くらいか。そこもダメだね」
「その辺りを押さえときゃ、狙えそうな時間帯は割り出せそうだな」
俺は頷いてから、他に考えるべきことを想像する。一体他に何が問題になるだろうか。
「あとはシフトか」その言葉に弾かれたように俺は顔を上げた。
「経験の長い人がいる時はヤバそうね。武田のおっさんか、店長がいる時は避けた方が良い」
「ってことは……俺らがねらい目ってオチかよ!」
「しかも一人だけしかいない時なら、尚更良いね」
「一人でナイフ突きつけられるのかー、こえー」
下田が怯えたようなポーズをしてから、俺達は笑い合う。

それから夜勤では、自然と客を観察するようになった。よく見かける客の顔と来店時間を覚える。今度は客が全くいなくなると、その時刻と長さを記録する。そういった情報を、俺達は会う度にお互いに報告しあった。日を追うごとに洗練されていく強盗計画。そんな非日常への誘惑と背徳感は、特別なことをしている実感を与えてくれた。世界の見え方が俺達だけ違うように思えてくる。こんな気分だったんだろうか、SNSに投稿したバカなバイト店員達も。

もうこれ以上は手の入れようがない、そう思えるところまで強盗計画はできている。あとは実行に移すだけ。でも実際にやるなんて微塵も思ってなかった。あいつもそう考えていると思っていた。
いつの間にか飽きてしまっていて、存在そのものを忘れてしまう。お互いに就職して、何年か後に笑い話になる。ちょっとした思い出。そうなるような予感があったし、そうであって欲しかった。

しかし、俺の予想は唐突に裏切られることになる。
今日のシフトは深夜。夕方出勤の準備をしていると、着信音が鳴る。下田からだ。
「今夜"あれ"やろうと思うんだ」
ああ、とうとう来てしまった。それを俺はどこか期待していたのかもしれない。
「わかった。今日、俺一人だしね」
震える手で通話を切った。その震えとは裏腹に、実感がない、そういうものだろうか。
ふと、あることを思い出してスマホを取り出す。SNSに下田のものと思われる投稿を俺は見つけていた。そこには深夜のコンビニ客の観察記録だけでなく、強盗計画そのものを匂わせる投稿があった。具体的な場所は書かれていないが、間違いないと思っている。画面を閉じると、俺は鞄にスマホを入れて家を出た。

――気付くとレジの前に立っていた。既に外は真っ暗で、客足も少なくなっている。予定の時刻が迫っていた。心臓の鼓動が速くなる。時計を何度も何度も見返しては、分針の進みの遅さに苛立ちと恐怖を感じてしまう。
なぜ、俺は同意してしまったのだろうか。予定時刻に近づくほど、それは後悔となり不安となった。止まらない膝の震えは、それのせいに違いなかった。

予定時刻。入店のチャイムが鳴り緊張が走る。――客だ。その客は雑誌コーナーで立ち読みを始める。下田がいつ来るのか、外が気になって仕方ない。眼を凝らして暗闇を眺め続けた。

「あの」
ハッとする。振り向くと先ほどの客が目の前にいた。カウンターには商品の入ったカゴ。
「すみません」
商品を手に取ると、手が震えて落としそうになる。なんとか商品をスキャンし、商品を袋に詰め、会計をする。客を見送ると、ため息が漏れた。時計を見ると、予定時刻を15分も過ぎていた。それからというもの、長い緊張と震えが、チャイムを合図に始まり、終わるを繰り返した。
いつしか外が明るくなってきた。結局、下田は現れなかったということだろう。あの投稿が知れ渡って、逮捕されてしまったのだろうか。ということは、もしあいつが全て喋ってしまえば、俺も共犯として逮捕されてしまうのだろうか。

すっかり明るくなった外を眺めると、出勤してきた店長の姿が見える。暇な時よりも長い長い夜勤。その地獄のような夜がやっと終わりを告げた。バックルームで着替えた店長が、俺の背後に回ってきた。
「交代ですね」
「はいお疲れ。そういえばさ、また出たよ」店長はため息を漏らす。
「何がです?」
「なんでもSNSでコンビニ強盗を計画していたバイトがいたんだとさ。ネットでニュースになってる」

心臓はもう限界だった。
「へ、へえ…」精一杯、冷静な声を絞り出した。
「それがねえ、そのバイトどうも近所のコンビニらしいんだよ」
「え」
「あほだねー。お前らはそんなことすんなよ」
「へ、へい」
バックルームに戻って急いで鞄からスマホを取り出す。「やっぱ無理だわ」下田からメッセージが来ていた。大きなため息と共に小さなガッツポーズが出てしまう。俺達は越えなかったんだ。
急いで着替えてコンビニを後にする。
「お先失礼します」
「おう、お疲れ」
このいつものやりとりが妙に嬉しかった。

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