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味のしないラーメン

 男ってさ、ラーメン好きだよね。ラーメン好きな彼氏に連れられて、わたし達は、色んな店を巡った。わたしには、彼には伝えきれずにいたことがある。それは父がラーメンを営んでいること。
 父は数年前に脱サラして、念願のラーメン屋を始めた。わたしが大学生になった今も続けているようだった。
 なんとなく恥ずかしくて、彼には言えなかった。

 彼からLINEがきた。
『明日ラーメン食べ行こうよ。おいしそうな店見つけたんだ』
 はあ、またラーメン。嫌いじゃないんだけれど、たまには女子が喜びそうな店を選んでもいいじゃない。あちこちの店に行ったけれど、父の店の方が美味しいと思うこともたまにある。でもそれだけは絶対に言ったりはしない。

 次の日、お昼前に駅で待ち合わせると、彼に連れられてとあるラーメンの入り口に着いた。
 げっ。やっぱりウチのじゃん。駅から進むにつれて、嫌な予感はしていた。

「早く来きてよかったね。まだ並んでないみたい。混む前に入っちゃおうよ」ガラスの引き戸がガラガラと音をたてて開く。
「う、うん」頬を引き攣らせながら彼に付いていく。

「はい、いらっしゃい」
 いきなり父と目が合う。
「何名様ですか?」父は驚きを隠しているのか、なんだか表情が硬い。
「二人です」彼はそう伝えた。
「空いてる席にどうぞ」
 二人並んでカウンターに座る。

「何がいい?俺はチャーシューにしようかな」
「わたしは、普通の醤油で……」

 彼はわたしの分も注文をすると、コップを取り出し水を注ぎ始めた。待っている時間がとても長く感じる。店内は涼しいのに、じっとりと汗をかいてきた。わたしは一気に水を飲み干すと、ピッチャーを持ち注ぎ直した。

「はい、チャーシューと醤油」
 カウンターの上にどんぶりが二つ置かれた。わたしはこぼさないように慎重に手元に移動させる。

 チラっと目の端で彼を窺う。スマホでラーメンを撮影しているようだ。撮影し終えると割り箸を取り出した。
「美味そうだね」そう言い終え食べ始める。

 違和感を感じた。彼の前に置かれたどんぶりを観察する。チャーシューがメニューの写真よりも多いことに気付く。余計なことを。
 父の顔に視線を向けると、父は少し下を向いて作業をしている。こちらの視線に気づいているのか、目が泳いでいる。
 わたしも割り箸を取り出した。

 ようやく最後の麺を口に啜り込んだ。どれだけ時間がかかったのかはわからない。彼は既に食べ終わっていた。スマホをいじりながら水を飲んでいる。先ほど撮った写真をSNSにでも投稿しているのだろう。
「食べ終わった?じゃあ、いこうか」
 わたしは頷く。彼は「ごちそうさま」と言いながら立ち上がる。

「ありがとうございました」
 背後から父の声が響いた。わたしは振り返らずに店を出る。

 ようやく解放されたわたしは、プールから顔を出したように息を吐き出した。今日初めて息をしたような感覚。

「おいしかったね」彼は笑顔だった。
「そうだね」
 味がしなかった、というのが正直なところ。

 それから夕方まで適当にぶらぶらして駅で別れる。わたしが帰宅する頃には陽が暮れていた。
 疲れた。椅子に座ると、倒れるようにしてテーブルに身体を預ける。今日のことを思い出す。父の顔、一枚多いチャーシュー、味のしないラーメン。最後に、彼の満足そうな顔を思い出した。

「なんだかズルいな」
 スマホを取り出し、彼にLINEを送る。
『行きたいラーメン屋があるんだけど、一緒にいこうよ』
『めずらしいね、なんてお店?』
『それは着いてからのお楽しみ』

 父であることを伝えたら、彼は一体どんな顔をするのだろう。
 味のしないラーメンを彼が食べる時のことを想像すると、なんだか無性に可笑しかった。

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