CDジャケットの美学#1-toe/The Book About My Idle Plot on a Vague Anxiety
ジャケ買い、なんて言葉がある。
サブスクが当たり前になって、CDを「所有する」ということがもはや昔のことになりつつある現在、この言葉がどれだけ生活に根付いたものなのかはわからないけれど、やっぱり良いジャケットに惹かれて音楽を聴き始めるということがあるのは変わらないと思う。
CDジャケットはアーティストの曲と世界とをつなげるチャンネルであり、そのアーティストの感性を視覚的に表現している作品そのもの。
ジャケ買いしたCDには、「やっぱりこういう曲なんだな」と納得するものもあれば「お、こんな曲なんだ」と驚かされるものもある。ジャケットのイメージと音楽性が必ずしも合致するとは限らないのも面白さの一つだ。
興味深いことに、ぼくらは「聴くべきもの」を「見ること」で選んでいるのだ。
素晴らしいジャケットに出会った時のゾクゾク。
その中身(楽曲)が素晴らしかった時のさらなるゾクゾク。
自分はこの快感から逃れられない。
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ということで、これから定期的に自分が今まで出会った素晴らしいCDジャケットを紹介していきたいと思う。
ただポン、とジャケットを提示して、興味があったら曲を聴いてもらうだけでも万々歳なのだけど、せっかくだから自分なりにそのジャケットが「なぜそんなに魅力的なのか?」を分析してみようと思う。
ちなみに自分は自称イラストレーターにすぎず、デザインの専門家でも何でもないので、客観的∧信憑性の高い知識に裏付けられた考察みたいのはできない。あくまで自分自身の直感や自己流の分析の末にたどりついた主観的な考察にすぎないので、そこらへんは悪しからず。
いつの日か、自分自身が誰かの琴線に触れるジャケットを作れることを夢見て。
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前置き長すぎ。
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さて、記念すべき第一回めに紹介するのは、toeの『The Book About My Idle Plot on a Vague Anxiety』。
サムネ画像は拡大されちゃってるので、改めてジャケットの全体像を。
あーもう、かっこいい。音楽性がにじみ出てる。
toeとは、日本ポストロック界に燦然と輝く金字塔。音快感指数200%の変態インストバンドである。
もーね、曲聴いたことがない方は今すぐ聴いていただきたい。
そして新たなる世界の扉を開けてそのまま開けっ放しにしてほしい。
自分は3年前くらいにその扉を開けて以来、閉じたことがありません。今後も閉じるつもりはありません。
有機的かつソリッド感もある鬼ドラム。
ぶつかり合うことなく、お互いの長所を最大限引き出しながら一つに混じり合っていくギター、ベース。そしてそこにエモさをプラスするボーカル。
有機的な音の発散の中に、システマティックに研ぎ澄まされた無機的な音作りの美しさがある。
まさに音による空間ハック。
ああ、強制的に脳内麻薬がドバドバ生産されるー。
自分は、最高の死に方ベスト10に「toeのライブ中発狂して死ぬ」が確実に入る。
まあ、そのくらい好きなバンドです。
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そんな人たちが作ったCDのジャケットがダサいはずがないんです。
しつこいけどもう一回貼る。
自分の場合、このジャケットを通してtoeというバンドとその音楽を常に見てしまっているので、冷静に「このジャケット自体の良さ」というものを判断できない状態ではある。
だが、改めてこのジャケットをじーっと見てみると、「やっぱり客観的に見てもすごいジャケットだろうなあ」とつくづく思う。
絵としては、単なる(どことなくドヤっている)鹿くんの横顔である。
だが、シンプルな構図の中に隠された美学がたくさんある(と思っている)。
美しさの理由01:幾何学的統制
その最たるものが、この画像に隠された幾何学的統制の美しさだと思う。
自分が直感的に美しいと思ったのが、鹿くんの輪郭で切り取られた背景によってできた三角形のラインである。
均整のとれた美しいラインを描いてスーっと下に広がっていく三角形。
鹿くんの左耳がかなり大きく強調されているのも、おそらくこの美しい三角形ラインを作るため。
この構図が、ジャケット全体に研ぎ澄まされた雰囲気を醸し出している。
さらに、ジャケット全体を図形の集合として分析してみたら思わずため息が出た。
見よ。この完璧に均整の取れた図形の連なりを。計算されつくした幾何学的バランスの妙を。
このジャケットは単なる鹿くんの横顔ではない。大きさの違う4つの三角形と、2つの長方形によってパズルのように組み合わされた図形の集合だったのだ。
しかも、画像全体をきっちり3:2の比率で左右のブロックに分けることにより、視覚的にスッキリとまとまった印象になっている。
くそ、卓越してやがる。
自然の造形の中に潜んだ美しさと、こだわりをもって追究された職人的美が見事にミックスされている。
自然の有機的な美しさと、凛とした無機的美しさの融合……。
ん……?
これは……。
まさにtoeの音楽性そのものじゃないですかああああ!
美しさの理由02:色彩の統一感と「わびさび」
このジャケット最大の美学に触れたところで、もうひとつの感動ポイントにも触れておこう。
それが、色彩の妙である。
ジャケットにおける色使いは、ジャケットが持つアイキャッチとしての機能を考えれば最も重要な要素だ。数あるジャケットの中から、目を留めてもらうには、印象的な色使いを用いるのが一番効率的である。
しかし、その論理から考えると、このジャケットはあまり優秀ではない。
全体的な色味も地味だし、コントラストが平坦でアクセントとなる対比色のようなものがない。
つまり、「アイキャッチとしてのジャケットの色使い」の定義からは外れているように感じる。
だがしかし。
そこがいいのだ。
それこそが、このジャケットの美学の一つなのだ(と勝手に思っている)。
分かりやすい強弱表現や、「こいうデザイン好きっしょ?」というマウンティングではなく、ちゃんと目を留めないと見過ごしてしまうような、それでいて刺さる人、シチュエーションによっては一瞬で心の深奥まで入ってくるような、そんな奥深い美が隠されているのだ。
下は、このジャケットで使用されている代表的な色を並べたカラーパターンである(イラレのスポイト機能でさっくり集めただけのやつ)。
これを見て改めて思うが、なんというか、地味である。
見事に暗色に統一されている。
アクセントでちょこっと暖色を加えたいものだが、徹底してそれを排除している。
静けさと厳かさ、切なさとどことない無常を感じる色合いである。
自分はこの色使いに、「わびさび」を感じた。
日本の作品だからと言って、なんでもかんでも日本的情緒に結び付けるのは嫌なのだけれど、このジャケットには「わびさび」としか言いようのない奥深さがあると思う。
それは、安易でビビッドなツーリズム的ジャポニズムではない。わかる人はわかる、だが決して「日本人だけが」わかるというわけではない、世界中どんな人も(感じ方や表現の仕方に違いはあれど)心の深層に持っている、あの何とも言えない感情。
そういう感情を内包した空気が隠されている。
その感覚は、このジャケットが静かに包んでいるtoeの音楽を聴いた後、さらに強まっていく。
生きることのはかなさ、移ろいゆく自然と時間の無常。
そんな中で、一瞬でも燃える確かな思い。
そんなことにさえ思い至らざるをえない。
このジャケットの一見地味な色使いは、ぼくらのインナーワールドに入り込み、そこから世界を改めて見るための鏡としての静謐さなのだ。
幾何学的な構図とも相まって、その静謐さは一種の思想といえるまでに洗練されている。
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最後に、このジャケットのタイトルでもある「the book about my idle plot on a vague anxiety」という英文にも言及したい。
タイトリングのセンスも、toeの魅力の一つである。
この英文を直訳すると、
「漠然とした不安に対する、我が怠惰な構想に関する書物」
といったところか。
構想は、陰謀と言い換えてもいいのかもしれない。
自分の拙い英語スキルではこの程度の翻訳しかできないが、toeのタイトリングセンスは十分に感じ取れるのではないだろうか。
タイトルというのは、それが曲の世界観と合致するか否かはともかくとして、そのタイトルをつけた製作者の「意図」が内包されていると思っている。
この場合、「書物」が示しているのはおそらくこのアルバム自体のことだろう。
漠然とした不安とはどういう不安だろうか。怠惰な構想とはアルバムの中の曲のことだろうか。
このアルバムは、漠然とした不安を振り払おうとして紡がれた、一つの物語なのだろうか。
だとすると、ジャケットの鹿くんは何を意味するのだろうか。これは鹿くんの物語なのだろうか。
鹿の中に物語がないと、誰が言い切れるのだろうか。
……。
真意のほどはわからない。むしろわからなくていい。
その解釈の多様さ、想像の余白こそが、アルバムの奥深さをいや増すのだから。
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一気に走りすぎた。
流石に拡大解釈なのでは……?と思われるような言及があったかもしれないが、自分は本当にそう思っているのだから仕方ない。そしてどこまでも拡大解釈が許されるのが、音楽も含めたアートの素晴らしさである。正解なんてないんだよ。自分が決めるんだよ。
そして、自分がこのジャケットに見出した答えが、今回のダラダラと書いてきた考察なのだ。
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記念すべき第一回に、toeのアルバムを考察できたことをうれしく思う。
これからも、CDジャケットという奥深い世界への旅を続けていきたい。
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