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「私は戻れないのです」過去との向き合い方が深い映画の1シーン

「パリに戻らないの?」「私は戻れないのです。」

上記のセリフは、自分の過去をフランスに重ねた、名作「バベットの晩餐会」の1シーンです。

デンマークを舞台にした、アカデミー賞最優秀外国語映画賞受賞作品で、原作者はデンマークの紙幣に肖像が使われていたカレン・ブリクセン。

メリル・ストリープとロバート・レッドフォードが共演して話題となった「愛と哀しみの果て」の原作「アフリカの日々」の作者でもあります。

随分昔にテレビ放送で観て、また観たいと思い続けた映画でした。

以下、ネタバレがありますので、知りたくないよという方は、ご覧になってから読んでいただければと思います。

主人公のバベットは、パリの「カフェ・アングル」の料理長で、上流階級の人たちを唸らすほどの腕前でした。

革命がおき、夫と息子を殺され、バベットも国を追われ、知り合いのいないデンマークへと逃亡。慈善活動に生涯を捧げ、質素な生活を送る姉妹を紹介してもらい、お給料はいらないからと家政婦として身を寄せます。

月日は流れ、バベットとフランスとのつながりは、友が毎年送ってくれる宝くじだけ。ある日、その宝くじが当たり一万フランを手にします。姉妹は、とうとうバベットがフランスへ帰る時がきたと疑いませんでした。

少し長くなりましたが、バベットが晩餐会を開くまでの大まかなあらすじです。

バベットは、宝くじで当てた一万フランで故郷フランスに戻ることができます。

海岸に立つバベットは、海の向こう側を見つめています。再びフランスで生きる自分を想像していたのではないでしょうか。

過去には戻れないけれど、フランスの上流階級の人たちを唸らせるほどの腕をもつ料理人なら、またフランスの地で腕を振るいたいという気持ちも残っていたはずです。

バベットは、ある決断をして海に背中を向けて歩き出します。その姿は、迷いのない力強い印象でした。

近々、牧師だった姉妹の父の生誕100年のお祝いがあり、バベットはフランス式の食事を作りたいと申し出ます。

ごく普通の食事とコーヒーを考えていた姉妹は受け入れるも、費用を出す申し出は絶対にダメだと断ります。今までお願い事をしたことがありますか?と引かないバベットに、姉妹は受け入れるしかありませんでした。


晩餐会に招待されるのは12名。

信者たちは、フランス料理を口にしたことがなく、運び込まれるウミガメやウズラなどの食材に、「魔女の饗宴」と恐れます。

同じく牧師を尊敬し、姉に心を寄せていた将軍ただ一人が、かつて「カフェ・アングル」でバベットの料理を食べた経験のある人物でした。

バベットが晩餐会を準備するシーンは、テーブルクロスのアイロンがけから始まります。キャンドルを置き、フルコースの食器を並べ、テキパキと慣れた手つきで進んでいきます。

最高のワインも、もちろんフルコースで。

見ているだけでワクワクします。

それなのに、信者たちは「食べ物や飲み物の話は決してしない」「全員、味覚がないみたいにふるまおう」と誓い合うのです。

とても滑稽で、それでいて純粋で可愛らしいシーンです。

晩餐会では、信者と将軍の対比が面白く、始めはギクシャクした雰囲気でしたが、次第に招待者全員が最高のワインと料理に魅せられていきます。

そしてまさに至福の時を過ごしたことで、長い人生で積もり積もった、暗く切ない過去たちも癒されていくのです。

食とは、そういう不思議な力をもっているんですね。


晩餐会を終えたラストシーンの会話が、この映画のデザートです。

姉妹  「お金がない?」
バベット「カフェ・アングレの12人分は1万フランです。」
姉妹  「でもバベット。私たちのために全部使ってしまうなんて。」
バベット「理由は他にもあります。」
姉妹  「一生貧しいままになるわ。」
バベット「貧しい芸術家はいません。」
姉妹  「あれがパリで出したお料理なの?」
バベット「お客さまを幸せにしました。力の限りを尽くして・・。」
    「彼が言いました。」(バベットと姉妹を引き合わせた芸術家)

【世界中の芸術家の心の叫びが聞こえる。私に最高の仕事をさせてくれ。】

帰り道、皆んなが輪になって歌を歌いだします。
バベットが過去を乗り越え、デンマークの片田舎で芸術家として最高の仕事をしたことは語るまでもありません。

仕事を終え、厨房でワインを味わうバベットの姿がとても印象的でした。


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