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『夜を乗り越える』又吉直樹 「又吉さんのネタ帳だ」と、嬉しそうに

このnoteは、本の内容をまだその本を読んでない人に対してカッコよく語っている設定で書いています。なのでこの文章のままあなたも、お友達、後輩、恋人に語れます。 ぜひ文学をダシにしてカッコよく生きてください。

『夜を乗り越える』又吉直樹

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【又吉直樹の作品を語る上でのポイント】

①言葉選びに注目する

②過剰なセンチメンタルさを指摘する

の2点です。

①に関して、又吉は『火花』が有名ですが、小説だけでなくエッセイ、俳句も書いています。その言葉選びが繊細で上手で、更に笑いの要素もあるので敵なしです。

②に関して、又吉さんの作品は彼のセンチメンタルさが色濃く出てます。何をするにも人の目を過剰に意識して、人の目を意識する自分すら意識しているという、二重にも三重にもぐるぐるに巻かれた自意識から発される言葉が魅力的です。


○以下会話

■又吉直樹のネタ帳

 「楽しく読める新書か。そうだな、そしたら又吉直樹の『夜を乗り越える』がオススメかな。体裁は新書なんだけど、内容はフランクで、エッセイ本として単行本で出てても良いくらいに読みやすい。新書にしたせいで手が遠のいて売り上げ落ちているんじゃないかなって思う。

『夜を乗り越える』は、又吉さんがこれまで読んできた本を振り返りながら「なぜ本を読むのか」という難題に対して、又吉さんなりの答えを出す本なんだ。といっても、終始本について書かれている訳ではないんだ。本が好きになる経緯とかを幼少期の体験を交えて語られていて、そこには必ず「笑い」が加えられているから、楽しみながら読み進められるんだよ。

中には『すべらない話』とかで披露してるエピソードもあって、凄い充実した中身なんだよね。だから、単なる「本について書いてる本」ではなくて、「又吉直樹の考えが書いてあるネタ帳」とも思えるくらいのボリュームなんだよ。

■共感できないから面白い

又吉さんが本を読んでいて面白いと思う瞬間は、「共感」と「発見」の二つの瞬間らしいんだ。普段から何となく感じている細かい感覚とか、曖昧な感情を、文章で明確に表現された時の「あ、これだったんだ!」という共感と、これまで自分が持っていなかった感覚を発見する瞬間。この二つの瞬間が本を読んでいて面白いと思う時なんだって。

ここでは、元々持ってる感覚を確かめる「共感」と、知らない感覚を身に着ける「発見」という逆の感覚を持ち合わせる点が重要なんだ。

時々「共感できない」と言って本を切り捨ててしまう人がいるよね。「俺には合わない」って。だけど、又吉さんは「共感できないことの方が、自分の幅を広げる可能性がある」って書いてるんだ。この感覚、凄い理解できるよね。

例えば僕は本が好きだけど、ハルキストと朝まで村上春樹について語り明かしたいとは思わないんだよね。同じ趣味を持つ人同士で好きなモノを認め合っても「やっぱり良いよね」って、単なる確認のし合いで終わってしまって、なんかつまらないんだ。もちろん共有すること、確認し合うことも、ある程度は楽しい。だけど僕としては、本が好きな人と本の話をするんじゃなくて、本が嫌いな人と本の話がしたい。そして次は、僕が今のところ興味のない砂鉄採集とか凧揚げとかモルックとかの話を聞きたい。僕がこうやって読書家ではない君に本について語り続けているのも、そういった理由なんだ。

この「知らない世界を知りたい」って感覚はみんな持ってる感覚だよね。TBSで『マツコの知らない世界』っていう番組があるんだけど、まさにこの感覚を刺激してる。この番組は、マツコさんがこれまで「知らなかった世界」を、エスカレーターの写真を撮り続ける人とか、招き猫を集めてる人とか、何かに対して異常な興味を注いでいる人たちが紹介していく番組なんだ。換気扇なり、カレーパンなり、アロハシャツなり、「何かを語れる人」って魅力的だよね。そういう人に僕もなりたい。

よく「海外留学する前に、日本の文化を学んでおくべきだ」って言われるけど、これも同じことだと思うんだ。同じサークルとか同じ会社とか、興味を持つ方向性が大体同じ人と会話するときは、話題を見つけやすいよね。

だけど留学していざ色んな国の人と話そうとすると、「ジュン君ふられたらしいよ」とか言えないから、言語の問題の前に、話題がなくて話せなくなっちゃうんだよね。だから、日本の文化をしっかり理解して「君の国ってどんな国?」っていうファーストクエスチョンに答えられるようにするべきなんだよね。ま、僕は留学したことないんだけどね。

■本を読むことで、一緒に悩める

タイトルの「夜を乗り越える」にもある通り、この本は「辛い夜を迎えている人」に向けた本でもあるんだ。又吉さんは売れない若手時代、排水溝をずっと眺め続けるような悲しい夜があったらしいんだ。だけどなんとか乗り越えられたから、今芸人として生活できている。だからそんな人がいたら是非乗り越えて欲しいって語っているんだ。

ここで、「夜の乗り越え方」の答えの一つに「本」を出していて、同時に「何のために本を読むのか」という最初の疑問に「一緒に悩むことができるから」という答えを出しているんだよ。

「本を読んでも、自分の問題が解決することはない」って又吉さんは断言しているんだ。時にはビジネス書とかに、答えが書いてあったりするけれど、あくまでそれは「答え」であって、実際に問題を「解決」する訳ではないよね。

例えば、「英語は音読しろ」とか「無駄話で心をつかめ」とか何かしらの答えが書いてあっても、それを読んだだけでは意味はないよね。それを実行して初めて、英語が話せるようになったり、取引先と関係を築けるようになるよね。ビジネス書という「いかにも答えが書いてありそうな本」でも、読むだけで直接的に問題を解決する訳ではないんだ。

本には色んなことが書いてあって、それを良いと思うかどうかは読み手にかかっていて、更にそれを実行するかどうかも読み手次第だよね。

小説はビジネス書よりもたちが悪くて、主人公が悩んで迷って答えを出さずに終わってしまうことがたくさんあるよね。だけど、そんな悩んでいる主人公の方が「排水溝をただ眺める人」には刺さりやすいんだよね。どうせ「自分の問題は自分で解決しなければいけない」から、悩んで行動を起こして問題を解決しないといけない。本は、そんな「悩める人」と一緒に悩んでくれる存在なんだ。

そして又吉さんは、「太宰と芥川にも辛い夜があったんだろう」って続いて書いているんだ。太宰と芥川はどちらも人生を悩みぬく優れた文学を残して、最後には自殺してしまったよね。又吉さんは、その辛い夜も乗り越えて欲しかったって言ってるんだ。

それを文学で昇華させるものを僕は読みたかった。太宰にも書いて欲しかった。彼らが生きていたら、あの時死のうとした自分を青臭いと笑ったのか。でも、これほどリアルな感覚を持っていた人達だからきっと笑わなかったんじゃないかと思います。じゃあなんて言ったのだろう。その言葉を読んでみたかったです。

この文章に又吉直樹の文学観が出ているよね。そして、どれほど文学を愛しているのかが伝わってくる。

高校生の時、世界史の授業後に友人が、「ボニファティウス8世に憤死されたフィリップ4世も絶対気まずかったよね」って嬉しそうに話してきたことがあったんだ。僕が単なる暗記単語として捉えていたワードを、こんなに親しみ深く接しているのはすごいなって感心したんだよ。このセリフを聞いただけで、「ああ、歴史が好きなんだな」って伝わるよね。

又吉さんの文豪への接し方にはこれと同じものを感じられるんだよ。太宰も芥川も「近所の有名なおじさん」くらいの感覚で、「一人の人間」として対等に扱っているんだよね。だから、2人に対して「夜を乗り越えて欲しかった」って本気で思ってる。そのくらい文学に期待しているし、文豪を信じているんだよね。

まだまだ紹介し切れないくらい、又吉直樹の芸人として、作家として、一人の人間としての「考え方」が乗っているんだ。何度も読み返したくなると思うから、是非一度読んでみて。」


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