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『蚊がいる』穂村弘 「繊細さんの心の中だ」

このnoteは、本の内容をまだその本を読んでない人に対してカッコよく語っている設定で書いています。なのでこの文章のままあなたも、お友達、後輩、恋人に語れます。 ぜひ文学をダシにしてカッコよく生きてください。

『蚊がいる』穂村弘

【穂村弘の作品を語る上でのポイント】

①言葉のうまさに言及する

②人間的魅力を褒める

の2点です。

① に関して、穂村弘は歌人として活動しているため、言葉選びには光るものがあります。単なるエッセイでもピタッと当てはまる言葉をスラスラと書いていて、読んでいて気持ちが良いです。

② に関して、穂村弘という男は、カッコ良い人になりたいんだけど、平凡な世界から抜け出せなくて、背伸びしてて、でもそこに優しい心がある魅力的な人間です。俳句や詩やエッセイは小説よりも書き手の人となりが反映されやすいので、書いてる人に魅力があれば、その人の文章もまた魅力的になります

○以下会話例

■初めてのジャケ買い

 「繊細な人にオススメな本か。そうだな、そしたら穂村弘の『蚊がいる』がオススメかな。

この本はまず、装丁がめちゃくちゃカッコいいんだよ。「蚊がいる」という題名に合わせて、キンチョーの蚊取り線香のパッケージを模したデザインになっているんだ。

本来の蚊取り線香のデザインに比べて、濃い色を使っているから、サイケデリックな印象があるんだよ。渋谷の丸善で何の目的もなく歩いてたら、パッとこの表紙が目に入って、生まれて初めてジャケ買いしてしまった。

色使いが激しくて目が痛くなるようなバラバラな印象があるんだけど、左右の均衡がとれていて、一枚絵としてのバランスが良いからずっと見ていたくなる。この素敵な表紙、誰がデザインしたか調べたら、横尾忠則さんだったんだ。日本を代表するグラフィックデザイナー、流石のお仕事だよね。

カッコいいなって思ってしばらく持ち歩いてたんだけど、ある日リュックの中で水筒の蓋が外れて、本がコーヒーまみれになってしまったんだよ。すぐにウエットティッシュで拭いたりしたんだけど、もう元には戻らなくてすごい悲しかった。新品の匂いがして良い感じだったのに、ヒキガエルみたいな色になっちゃって急に愛着なくなって、しばらく読むのやめた覚えがあるよ。

■お祝いに爪を切る

肝心の本の中身は、穂村弘の「こんなところも気になっちゃうんだ」という繊細な面が書かれているんだ。トイレのノックの仕方に戸惑ったり、お気に入りの万年筆のキャップが凹んだことにキャップ以上に凹んだり、コンビニ店員のお釣りを渡す動作で「僕に触れたくないんだ」と悟ってショックを受けたり、そういった「気にし過ぎ」のエッセイがまとめられた本なんだ。

つまり内容は、表紙の強い激しい印象とはかけ離れたものなんだ。ひたすらに弱い、弱い。思えば、穂村さんの作風は横尾忠則さんのデザインとは全く違うのに、なんで頼んだんだろう。

元々穂村弘さんの職業は「歌人」なんだ。短歌というものは、日々の生活を美しく表現する芸術だから、穂村さんの書くエッセイは日々のちょっとしたきらめきを上手に汲み取っているんだよ。

穂村さんは、ティッシュ配りの人からティッシュを貰うのも緊張する、ものすごく傷つきやすい、繊細な性格だから、「普通の世界」が激しすぎるんだよね。だから一般的な人よりも、心が休まるような幸せや優しさをみつけたいと願ってると思うんだ。

だから穂村さんの書く文章は、どれも小さな幸せが描かれていて、読んでいて優しい気持ちになれるんだよね。例えば僕が気に入ったのは、人との距離感の話。

ある日、一人のおばあさんが病院の待合室で、大きな声で延々と身の上話をしていたことがあったんだ。穂村さん含めた周囲の人は、相槌を打ちつつ、ちょっと困っていたんだよ。やがておばあさんが診察室に呼ばれて、ほっとしていると、声がもれてきて

「先生、私、今日、誕生日なんですよ」「そう、おめでとう」「90歳」「じゃあ、お祝いに爪を切ってあげよう」と聞こえてきたんだ。

え、と思ってると、ぱちんぱちんと爪を切ってる音がしてきたんだよ。

凄い、と思う。自然にこんなことができるなんて、このお医者さんは対人的な距離感の達人だ。思いつかないよ、誕生日のお祝いに爪切りなんて。お婆さんの表情が目に浮かぶ。一生忘れないだろうな。先生のこと、死ぬまで大好きだろう。いや、これで三ヶ月は寿命が延びたんじゃないか。僕の番になったら、云ってみたい。「あの、僕も誕生日なんです」。先生、僕には何をしてくれるだろう。

日々の生活にアンテナを張っているから書ける優しいエッセイだよね。

■繊細さん

今、『「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる「繊細さん」の本』という本が話題になってるんだ。

他の人と比べて「感じる力が強く、小さなことにも気づく」人である「繊細さん」に対して、どうすれば生きやすくなるかを指南している本。いわゆるHSP(Highly Sensitive Person)に向けた本なんだ。

著書ではHSP診断として独自にチェック項目を出していて、

環境の変化によく気づく、他人の気分に左右される、豊かな想像力を持ち空想に耽る、すぐびっくりする、美術や音楽に深く心動かされる、とても良心的、、、

などの23項目のうち12個以上当てはまる人をHSP(繊細さん)としているんだよ。

そんな「繊細さん」に対して、わがままだと思うくらい積極的に自分を優先するとか、やりすぎなくらい刺激をシャットアウトするとか、相手との境界線を引いて自分のペースを守る、といった対処法を提案しているんだ。

著者の武田友紀さんはHSP専門のカウンセラーをしているだけ合って、文章もとても優しくて読みやすいんだよね。

この『繊細さんの本』に関しては、実際に読んでもらいたいけど、こういった「繊細さん」には穂村さんの著書がめちゃくちゃ合うと思うんだ。

おそらく穂村さん自身も「繊細さん」だから、「同じように思う人もいるんだな」って安心できると思う。他にも、『もうおうちへかえりましょ』とか、『君がいない夜のごはん』とか、『本当はちがうんだ日記』とか、『絶叫委員会』とか、全部面白いからぜひ読んでみて。」

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