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クリソライト

課題内容:公募に出すオリジナル作品のスピンオフの執筆、完成

イラストはこちら

普通より少し裕福に家庭に生まれた。

兄弟のいない一人っ子だったが、兄弟がいて羨ましいとは思わなかった。

生まれた頃から、執事さんやメイドさんたちが何人も家にいた。

父さんも母さんも優しくて、自分はとても大切にされていた。


「ゲルドは、良い子だな」

「ゲルドは、優しいわね」

父さんも母さんも、俺の事を何でも褒めてくれた。

家庭教師から教えられた魔法を使えるようになった時も、いじめっ子から捨て犬を守った時も。小さな成功でも、大きな成功でも。

俺は、きっとずっと、この幸せな家族でいられるんだって、思っていた。

「ゲルド、明日から初等部だ。頑張るんだぞ」

「はい、父さん!」

夕飯時に父さんがそう言った。

俺は、明日から他の子と一緒に勉強する。

家庭教師が教えてくれたのは、初等部に入って一年未満の内容だけ。だがそれでも学生生活が有利に働くのには変わりない。


家庭教師のおかげで授業は躓くことなく、順調だった。

しかし、子供は単純。自分に無いものに憧れ、嫉妬し、排除しようとする。

「うーん、やっぱりこの問題難しいな。帰ったら、教えてもらおう」

「おい」

「ここは、こう…かな?」

「おい、お前!」

お昼休み、自分の席で先ほどの授業の復習をしていた。そこに同じクラスの男子生徒が語気を荒らげて話しかけてきた。

驚いて肩を跳ね上げたが、努めて冷静に返事を返す。

「何、かな?」

「お前、なんで髪染めてんだよ」

「え、いや…」

俺の前髪の右側にある白のメッシュ。これは生まれつきで、父さんもこの白いメッシュがある。父さんの家系は、場所は違えど生まれつきこの白いメッシュがあるらしい。理由までは知らない。

「なあ、何でだよ!」

「こ、これは、生まれつき、で…」

「嘘だ!」

また、クラスの男子生徒が語気を荒らげた。

何がそこまで、彼を苛立たせるのか理解できなかった。本人が生まれつきと言っているのに、何故それを嘘だと否定しているのだろうか。

「本当だよ」

「おい、みんな!こいつ嘘つきだぞ!」

「え」

男子生徒の一言で、クラスの全員がこちらに視線を向けた。まずい。と思ったが遅かった。

そもそも、俺や他の生徒がどうこう出来るわけがなかったのかもしれない。

子供の多数意見への信頼や正義感は異常なものだ。

「えー、そうなのー?」

「マジ!?」

「やばっ!」

どんどん、空気が重くなる。しかも、俺が嘘つき、悪い。と言った感じ。

「ちがっ…!」

その空気に俺は呑まれてしまっていた。

そのせいで、行動が少し荒くなる。椅子から立ちあがろうとしたらガタッと、少し大きな音が出てしまった。それが良くなかった。

「怖ーい!」

「暴力反対!」

たったそれだけで、こんなにも言われてしまうものだろうか。

子供は単純。それだけでも分かっていれば、良かったのかのだろうか。


「やーい、嘘つき野郎だー!」

「ちょっと、こっちこないでよ!」

そこからの進展ははやかった。俺は嘘つきでやばい奴、と言う悪いレッテルを貼られてしまった。自分だけでは解決できず、担任に相談した。しかし、自分の親ほど俺に対して寄り添うことはなかった。

「そっかー。でも、ゲルドくんもはっきり嫌って言わなかったの?」

「…言いました」

「大きな声で言ったのかな?」

「…それは」

こんな会話がずっと続いた。何回も相談した、それでも俺への扱いは改善されなかった。


家に帰ってきて、担任と相談した内容を紙にまとめて対策を考える。

しかし、行き詰まってしまったので家の中をフラフラと散策することにした。気分転換にはちょうど良い。

そして、下を向きながら対策を考える。

「どうしよう…」

俺は、あのことがあるせいで友達なんていなかった。

どうしよう、両親に相談した方がいいのだろうか?でも、両親を心配させたくない。

執事さんやメイドさんに相談する?いや、両親にきっと報告が行くだろう。

両親に心配させずに問題を解決できる方法が思い当たらない。

「そろそろ、例の晩餐会の時期か」

ふと、通り過ぎた部屋から父さんの声がした。

晩餐会?なんのことだろうか。

部屋の中に父さん以外がいるかもしれないので、気配を消す魔法を詠唱してそっと部屋の扉に近寄った。

「旦那様、ゲルド様には打ち明けないのですか?」

「うむ、そろそろ話すべきか…。だが、まだゲルドは幼い。我が家の使命を背負わせるには酷だ」

覗き込んだ部屋にいたのは父さんと、父さんといつも居る執事さんだった。

しかし、二人の会話が何を指しているのか分からなかった。

「…やはり、学校でも魔族は悪だと教わっているようです。」

「…あの家庭教師は我々、魔族のことをよく分かっている。」

頭が真っ白になった。

父さんが、魔族?つまり、俺も魔族…?

心拍数が跳ね上がるにつれて、額の汗が増えていく。心臓の音がうるさくて、耳を塞いだ。

そして、少なからず残った理性が冷静に事を整理していた。

父さんと俺の共通点は、この白いメッシュ。母さんは俺と同じ髪色だが、白いメッシュは無い。なら、母さんは魔族ではないのだろう。でも、俺には父さんの血、魔族の血が流れている。

その事実だけでも、心が壊れるのには十分だった。

「…そ、そん…な」

下を向き、自分の手のひらを広げて見つめた。かたかたと音を立てて震え、視界がぼやけていた。涙か汗かは分からないが、自分の身体的にも精神的にもおかしくなっているのは事実だ。

「お、おれ…俺は…?」

学校で教わった「魔族は敵」「魔族は人を襲う」と言う言葉が、頭の中で何度も反響する。どうやっても、逃れられない現実。変えようの無い、真実。

みんなが、俺に対してあんな態度だったのは俺が「魔族」だって、分かっていたからなのだろうか…?

「うっ…」

当然の喉の違和感に、手で口を覆う。ここではダメだ、ここで嘔吐すれば確実に父さんに気づかれる。だが、体は自分の言うことを聞かなかった。違和感に対して反射的に、考える間もなく戻してしまった。

「ゲルド様!」

音を聞き、扉が勢いよく開かれ執事さんが駆け寄ってきた。

あぁ、ばれちゃった。そんなことを考えながら意識が薄れていくのが分かった。戻すのにも体力がいる、と誰かが言っていたのは本当だったんだ。

ボヤける視界の中で、父さんが部屋から出てくるのが見えた。表情までは分からなかったが、後で謝ろう。

色々と聞きたいことがあったが、意識を手放すのが先だった。


あの後、何日も何日も、俺は自分の正体が魔族である事が受け入れられずにいた。

何事にも手がつけられず、学校に行く気さえなかった。けれど、親を心配させまいと無理をして学校に行った。

「ゲルド、ここに置いておくわね」

母さんが、俺の部屋の前に昼ごはんを置いて行く。足が遠のいてから、それを部屋の中に持ち込む。

学校には行ったが数日で不登校になった。しかし、運よく十日ほどで長期休みが始まる。その間に自分と向き合い、身体的にも精神的にも癒しておこうと思っている。

「やっぱり、一人でご飯を食べるのは寂しいな…」

食器同士が奏でる高い音は、部屋中に反響した。それがどうも、自分の心をより苦しめた。

「父さんに謝ろう。母さんにも心配かけてるし、それも謝ろう」

食べ終えた食器を持ちながら、両親がいるであろう部屋に向かうことにした。

部屋を出てすぐ、メイドさんに見つかった。

「ゲルド様!お身体の方は大丈夫ですか!?」

「うん、大丈夫。心配かけてごめんなさい」

食器を持ちながらではあるが、一礼した。

「と、と、とんでもございません!私たちは、旦那様や奥様、ゲルド様が…!」

顔を上げ、メイドさんを見たら今にも泣き出しそうだった。俺よりも、俺のことを心配してくれているのが分かった。

「あの、父さんと母さん、どこにいるか分かる…?」

あくまで予測で部屋に向かおうとしていたので、メイドさんなら二人がいる場所を知っているだろうから聞いてみた。

「お二人ですか?お食事をされていると思いますが…」

「分かった。ありがとう」

再度一礼し、二人の元へ向かった。

背後でメイドさんが号泣しているのか鼻を啜る音がしたが、面倒ごとに巻き込まれそうな気がしたので振り返らなかった。


「ゲルド…大丈夫かしら」

「本人が、落ち着くまではそっとしておこう」

「そうね。まさか貴方が気づかないほど魔法が上達していたなんて」

「それに関しては、私の落ち度だ…申し訳ない」

父さんと母さんが食事をしながら、俺のことについて話していた。

持ってきた食器は厨房へ運んだ。そこのシェフも泣きそうな顔をしていた。何でこんな些細なことで泣くのだろう?みんな涙腺が弱いのだろうか?

「あの、父さん、母さん…」

「ゲルド…!」

俺が扉から顔だけ出して二人に呼びかけた。それを聞いた母さんは、慌てて俺の元に駆け寄ってきて抱きしめた。少しの時間しか離れていなかったのに、とても久しく感じた。

「よかった…!」

「母さん、ちょっと苦しい…」

顔は見えなかったが、力強く抱きしめる母さんを見て、俺のことを凄く心配していたのが分かった。

「ゲルド…」

父さんも、あまり顔に出さない方だが今回ばかりは違った。

「父さん…。ごめんなさい、俺、盗み聞きして…」

素直に謝った。悪いのは俺だ。

すると父さんは安心したのか、眉を八の字にして穏やかに微笑んだ。

「良いんだ、いずれ話さないといけない事だった。それより、お前の体の方が心配だ」

「俺は、大丈夫…!心配かけて、ごめんな、さ、い…!」

だんだんと俺まで鼻声になっていた。

今まで張っていた緊張の糸が切れて、安心感に涙腺が緩み涙が溢れていた。

その時だけは、他の子供と同じように声をあげて泣いた。それに対して二人は怒る事なく、ただただ抱きしめてくれた。

ああ、俺はこのままで良いんだ。魔族であることは隠さないといけないかもしれない。だけど、それでも、俺は、俺のままで良いんだって思った。


「行ってきます!」

長期休みが明けて、学校に復帰する日。

玄関先で元気よく声を出して、メイドさんに挨拶をする。

「はい!行ってらっしゃいませ!」

玄関を出て敷地内に停めてある馬車に乗り込む。長期休みの間も家族と出かける時などに乗っていたが、一人で乗るとこう個人空間みたいでちょっと落ち着く。

「間もなくつきますよ、ゲルド様」

「うん!」

少し不安もあったが、大丈夫だろう。どんなことが起きても対策できる。

手を挙げられたら、魔法を使う。魔法は、自分だけを守るバリアを張るものだ。子供の力などでは到底、壊れるものではない。命が危険に晒されている状態なのだから、正当防衛という主張は通るはずだ。

どんな結果になったとしても、自分の主張を曲げてはいけない。と父さんに教わった。自分の主張を曲げれば、勝負をする前から負けを認めているのと同じ、とも言っていた。


「…」

お昼休み。不登校になっていた時、授業に参加できなかった分の内容を見ていた。長期休みの間に、家庭教師に教わったが遅れていたのは確か。だから、自分が納得したいがために復習していた。

にしても、教室内の空気が重たい。数人が集まってヒソヒソと何かを話していた。それにこちらを蔑むような目で見ていた。

「おい、嘘つき野郎」

あの時と同じ男子生徒が、あの時と同じように話しかけてきた。

どうやら未だ俺の事を、嘘つき野郎だと思っているようだ。長期休み前の話題が続いているのは驚きだった。

「…なに?」

「何で、学校来てるんだよ!」

「別に。来たいから来てるんだよ」

努めて冷静に。相手と同じように、感情に任せてしまえば事は悪い方に進む。

「はあ?何だそれ?意味わかんねー!」

「…」

「おい、なんか喋れよ!」

俺は君に何かしたのだろうか?と思うほど因縁をつけてくる。どうして俺なのだろうか?この白いメッシュは、俺の誇りのようなものだし…。そのうち興味がなくなってくるだろうし、それを待つのもありだな。


「やーい、ジジイ!」

何でだ?俺と君は同じクラスでいるのに?それから、これはメッシュだ。

「どうせ、お前ビンボーなんだろ?」

毎日執事さんが馬車を操縦して登校しているのに、君は見ていないのだろうか?

「お前、そんな誰でもできる魔法使えねーの?ダッセー!」

俺は両親からも、家庭教師からも驚かれるほど、この歳ではずば抜けていた。だから、いつものように魔法を使ってしまえば、またクラスの注目の的だ。それに力を抑えないと、周りに被害が出てしまう。

にしても、何故ここまで俺まで執着するのだろうか。拗らせすぎではないだろうか。

長期休みが明けてから前と同じように何かと突っかかってきて、最近「うるさいな」とか「うざいな」とか思い始めてきた。でも、表には出さなかった。これ以上面倒ごとはごめんだ。


「バイバーイ!」

「またねー!」

ホームルームが終わって、クラスのみんなは友達と帰ったり親が迎えに来るまで待ってる人など各々だった。俺は帰る準備を終えて、教室の窓から正門の方を見た。

「あ、もう来てる」

正門の前には、馬車が一台だけ止まっていた。豪華な装飾に毛艶のいい青鹿毛の馬、正門を通り過ぎる生徒全員が目を奪われていた。やはり、馬車は目立つ。

「おい」

「……何」

またあの男子生徒が話かけてきた。

いつまで俺に執着するのだろか。俺と君では立場も環境も、何もかも違うのに。俺には理解できなかった。

「ちょっと、ツラかせよ」


男子生徒に連れてこられたのは、人目のつかない校舎裏だった。そして、男子生徒の他に別のクラスの生徒だろう、数人待ち構えていた。

「それで、俺に何かよう?」

「まーまー、落ち着けって」

男子生徒たちは何故かニヤニヤと笑い始めた。周りの生徒も同じようにニヤつき始めた。

この時点で俺は、嫌な予感がしていた。周囲を漂う鋭い空気が肌に刺さる。本能的に軽く構える。

「なあ、お前……最近調子乗りすぎだよなぁっ!?」

いきなり背後にいた生徒が、己の杖を使って殴りかかってきた。気を張っていたため、その攻撃に瞬時に反応できた。しかし、振り下ろされた杖は異常なほどに地面を抉っていた。その状況に一瞬驚いたが、すぐさま冷静になる。それが気に食わなかったのか、次々に生徒が襲ってきた。

「逃げてばっかだなぁっ!?」

「何だよ、実はお前弱いんだろぉっ!?」

杖が振り下ろす度に地面が酷く抉れていく。きっとこれは、杖に硬化魔法をかけているのだろう。でなければ、杖がここまで攻撃性を増さない。それに先ほどから、杖を振り下ろしているのはおそらく上級生ばかりだ。体格も良く、背丈も高い。

「反撃しないのかぁっ!?」

「…!」

俺はどう対処すれば良いか迷っていた。

魔法を使ってしまえば、簡単にこの場を片付けられる。しかし、そうすればこの事件が大事になってしまう。それに、最悪俺が悪者扱いを受けかねない。かと言って、攻撃を避けてばかりなのは性に合わない。

「っ!?」

考え事をしていたせいか、抉れた地面に足を取られ尻餅をついてしまった。


「…おかしい、遅すぎる」

馬車の操縦士は一人、焦っていた。

迎えの時間になっても、ゲルドが来ない。教員にでも呼び止められなのかもしれないと待っていたが、流石に30分たっても来ないのは異常事態だ。

「校内に教員が見当たらない…。流石に敷地内に侵入するのは気が引ける…。どうしたものか…」

「あの、お困りですか?」

「え?」

操縦士の服を軽引っ張りながら声をかけてきたのは、ゲルドと似たような制服を着た少女。

藍色の艶にある長い髪、三白眼、片目を髪で隠している。

「君、は?」

「パルミア・シリウス」

「はっ…!?」

シリウス家。この地域では知らない者はいない。厳格で、古から侯爵の地位を有している優秀で貴賓のある貴族。

その娘が今、目の前にいる事実に操縦士は驚きを隠せない。

「えっ…と」

「誰か、待っているのでしょう?」

「は、はい。ですが、いくら待てども来なくて…」

「分かりました。わたし探してきます」

ぱあぁっと顔を明るくさせたと思ったら、下校する生徒に逆らって校内にかけていた。

操縦士は一抹の不安を抱えながらも、ただただ大事にならない事を願った。


「おい、おい!抵抗しろよ!」

「ははっ!やっぱ弱いな、お前!」

校舎裏に嘲笑う高らかな声が響き渡る。

尻餅をついた後、正面に生徒が杖を振り上げたので交わすために意識を向ける。しかし、殴られたのは後頭部だった。上半身がふらりと揺れ、横に倒れ込んでしまう。一瞬視界が歪んだが頭を守らなければと思い、頭を手で覆う。

しかし、多勢に無勢。

「あ゛っ!?」

「やっぁーと、当たったぜ〜」

口頭詠唱なしで自分自身に硬化魔法をかけていたが、魔力が底をつきとうとう身体に直接当たってしまう。生徒の杖は木製だったため、低く鈍い音が鳴る。

「た゛っ!」

「あーあ、もうへばっちゃうわけ〜?」

そんな軽い言葉を吐きながらも、殴る腕は止めなかった。ゴッと音が鳴るたびに、意識が遠のいて行く。こいつらの気が済むまで、意識を保てるか分からないが耐えなくては。

今、反撃して魔法を使っても制限しながらなんて無理だと思う。大声で誰かに助けを呼べば、おそらくこの生徒たちの癪にさわる。

「…ぁ゛あっ」

「何?もう終わり?つまんねー…なっ!?」

ボッキッ!

体から出てはいけない音がなった。刹那、殴られた場所から全身をかける激痛。

失いかけた意識が途端に現実に引き戻される。全身から溢れ出る脂汗がその異常さを物語っていた。

「あ゛っ…!?あ゛ぁっ…!!」

「あ、骨折れた?」

何故そんなにケロッとしているか理解できなかった。

「あ゛っ…!お゛まっえ゛っ…!?」

「おー、怖い、怖い。でも、ここには誰にも来ないぜ〜?」

もう、魔法を使ってこいつらを倒してしまおうか。そんな事を考えていたら、物陰に誰かいるのが分かった。でも、通りすがりかもしれないから巻き込めない。

パキッ

「あ゛ぁ?誰だ!?」

物陰で小枝が割れた。さっきの人物かも知れない。最悪だ、不本意にも巻き込んでしまった。

「あ、バレたか」

「女?はっ!舐めてんの〜?」

「舐めてもらえると、助かるんだけど」

数人の男子生徒を前にしても、怯むことなくこちらに歩み寄ってくる。あんな小柄な女子生徒が、体格も良い男子生徒に勝てるわけない。しかも、どうしてこんな場所に彼女がいるのだろうか。

「弱いものいじめ、ねぇ…だっさ」

彼女は俺をじっと見た後、男子生徒たちのリーダー的存在を見て嘲笑していた。

「はぁ!?」

「ねぇ、貴方。馬車で帰ろうとしてた?」

男子生徒たちを無視して倒れ込む俺に、屈んで目を合わせるように声をかけてきた。

顔は影になっていたからなのか、俺に意識が薄いからなのか分からないが、綺麗な藍色の髪が見えた。

「ば…しゃ…?」

「なるほど…骨折れてる?」

「ぅ…ん…」

「なら、こいつら片付けてから話を聞こうか」

立ち上がってすっと、男子生徒の方を見た。いつの間にか右手には木製ではない、豪華で煌びやかな装飾がされた杖を持っていた。物陰から出てきた時には、何も持っていなかったはず。

「チャラチャラした杖だな?」

「チャラチャラしてるのは、君たちでしょ?それより貴方、痛みを抑える魔法かけておくね」

「随分と余裕だな?」

「うん。だって、君たち弱そうだもん」

彼女が杖だけこちらに向けた。すると、少しだけ体が軽くなった。しかも、徐々に痛みが引いている。力振り絞って顔だけ上げた。そこで初めて彼女の横顔を確認できた。が、前髪で顔が隠れていた。しかし、どこかで…。

「随分と、余裕だな?」

「そうだね」

額に血管が噴き出ている男子生徒に向かって、彼女は杖を向けた。するとどうだ、その男子生徒の体にネオンイエローの鎖が巻き付いた。

「なっ!?なんだよ、これ!?」

「さぁ?」

「クソがっ!おい!お前らやれ!」

男子生徒の合図と共に一斉に彼女に襲いかかるが、届かなかった。ネオンイエローの鎖が男子生徒全員を捕縛していた。彼女の周りにある鎖は無駄なく確実に、そして優雅に檻のように存在していた。

「離っせ!」

「やだ」

彼女は少し力を込めたのだろう。鎖同士がジャリっとした音をたて、男子生徒たちの皮膚に食い込んだ。男子生徒たちがうめき声をあげ、持っていた杖がバタバタと落ちた。

「あ、謝れば満足なんだろ!?」

「私は、別に彼を助けに来ただけだし。ねぇ、貴方はどうしたい?」

不意に話を向けられて驚いた。この頃には、上半身だけ動かせるようになっていた。意識も視界もはっきりしていた。

「俺、は…。今後、彼らに、関わりたくない…!」

「ふーん。じゃあ、記憶だけ消せば良いんだね?」

「えっ!?っぃた!」

彼女の斜め上の提案につい大声を出して、傷に響いてしまった。しかし、いきなり記憶を消すとはどうゆうとこだ。

「記憶消すってなんだよ!?」

「そのままの意味だよ、魔法で君たちの記憶を消す。それだけ。」

「そんな、魔法あってたまるかよ!?」

「あるんだよ、そんな魔法が」

彼女は、檻の中で淡々と男子生徒たちに語りかける。その姿に俺は見惚れてしまっていた。自分でも分かるくらい、自分の視界には彼女しか映っていなかった。俺を助けてくれたのもあるだろうが、それ以上に彼女の何かに引かれていた。

「ねぇ、貴方。骨の具合はどう?」

「え?ああ、多分治った…治った!?」

「そこまで、驚くこと?これくらい普通でしょ?」

ケロッとする彼女に呆気に取られてしまう。俺の知る限りでは、魔法だとかすり傷程度しか治せないはずだ。なのに、折れた骨が治るまでの高度な治癒魔法は見たことも聞いたこともない。

「歩けそう?」

「うん…」

「なら、離れてて。貴方まで巻き込んでしまう」

俺は彼女に言われた通りに、骨を気遣いながらゆっくりと立ち上がりその場から離れた。

その間もずっと、俺は彼女のことを見ていた。目が離せなかった。

「それくらい離れたら、大丈夫か」

彼女は杖を自身の真横に戻し、何かを呟き始めた。俺の知らない呪文だった。そもそも、記憶だけ消す魔法何て知らない。一体どこでそんな魔法を…?

「女ぁ!?お前、一体何ものなんだよぉ!?」

「別に?その辺にいる、子供だよ」

「そんな事じゃねぇ!?名前だよぉ!?」

「ん?名前?パルミア・シリウスだけど?」

男子生徒たちは口を開け微動だににしなかった。俺も、彼女の名前を聞いて驚きを隠せなかった。

シリウス家。厳格で、古から侯爵の地位を有している優秀で貴賓のある貴族。俺でも知っている。

「…めんどくせぇ。ピーピー騒ぐなよ、ガキが。うぜぇ」

彼女の足元に魔法陣が出現したと思ったら、突然口調が悪くなった。

「堅苦しいのは嫌いなんだよ…。じゃあな、ガキども」

ふっと、魔法陣が光った。そして男子生徒たちが、ガクンと糸が切れたようにうなだれ静かになった。鎖が緩くなり、男子生徒たちの体は地面にうつ伏せになった。


「ありがとう…」

「いいよ。それより馬車の操縦士さんが心配してたよ」

校舎裏から彼女、パルミア・シリウスに支えられながら馬車まで向かった。その間もずっと治癒魔法をかけてくれていた。しかも、口頭詠唱もなかった。もしかしたら彼女は、俺よりも魔法の才能があるのかも知れない。

「ゲルド様!」

正門の近くまで来ると、操縦士さんが涙を浮かべながら近寄ってきた。

「ご無事で…!」

「うん、俺は大丈夫。彼女が助けてくれたから」

操縦士さんは、彼女を見て深々と頭を下げた。

「シリウス卿!この度は、ありがとうございました!」

「お構いなく。当然のことをしたまでです。」

彼女はふわりと微笑んだ。


あの後、助けてくれたお礼と言って彼女を家まで送った。馬車の中で、彼女と話した。その時、色々分かったことがあった。

俺と家が近いこと。彼女の母さんと俺の母さんが幼馴染だということ。父親は同じ侯爵の位。そして彼女自身、俺が魔族であることを知っていた。これに関しては、どこから情報が…いや、母さん経由なのだろう。

「申し訳ない、送ってもらって」

「いや、こちらこそ…あっ」

「どうした?」

「今日…夕飯まで、一人なんだった…」

彼女との話に夢中になっていて、すっかり忘れていた。広い家に執事さんやメイドさんがいるものの、実質一人で過ごすことになる。それがどことなく寂しくて、怖くなった。

「なら、私の家にいれば?」

「へぇ!?」

「じいやー!」

俺が驚いている間に、彼女は自分の敷地内にズカズカと入っていった。しかも、大声で執事さんのことを呼んでいた。ここまで彼女の行動力がすごく、ついていけない。

「いや…!いや、いや!迷惑でしょ!?」

「あー?大丈夫でしょ?」

「えー、なんで、そんな…どこからその自信が…」

俺は、どうして良いか分からず操縦士さんの方を見た。しかし、満面の笑みを浮かべているだけだった。その表情から何を言いたいか分かってしまって、俺は渋々彼女について行った。


「ん!美味しい…!」

「そりゃ、よかった」

あの後、彼女の家で…しかも彼女の部屋で…!今日出された、宿題をやった。魔法の才能だけでなく、座学の才能もあった。彼女にできないことは、今のところないのかも知れない。

そして、日が沈んだので帰ろうとしたが「ついでに夕飯も食べていけば?」と言われてしまい、流されるまま食事部屋に訪れた。出された料理はどれも美味しかった。家で食べるのと何が違うか分からないが、とても美味しかった。

「あら?ゲルドくん?」

「お、お母様…。これはその…」

「はは〜ん?何〜?シリウス〜?」

彼女の母親が急に食事部屋に入ってきたと思ったら、にやけて顔で彼女の頭を撫でた。彼女はその行動が嫌だったのか、恥ずかしかったのか、赤面していた。その顔が年相応の可愛い顔で、一瞬息を呑んだ。

「ゲルドくん、貴方のお母さんに連絡しておいたから!満足するまでここに居て良いし、帰る時は送って行くからね!」

「は、はい!ありがとう、ございます!」

彼女の母親は嵐のように来て、去っていった。でも流石に、満足するまでは…。

結局俺は夕飯を食べた後、素直に家に帰った。彼女に「また後日、遊ぼう」と約束して。別に、日和っているわけではない。


次の日の朝、いつもと同じように馬車に乗り込学校に向かおうとした。しかし、馬車の前には操縦士さんと彼女がいた。どうなっているんだ?確かに彼女と俺の家は近いが…。

「あ、きた」

「なんで…キミ…が?」

目の前の光景が理解できず、口からはカタコトしか出てこない。嬉しさもあるが、どうにも困惑が勝ってしまう。

「別に?家近いし、一緒に登校するのもありかなって。あと、私のことはシリウスって呼んで」

「え、あっと、シリウス…?」

俺がそう呼ぶと、表情には出さなかったが、彼女の周りがぱあぁっと明るくなった。

昨日の赤面といい、先ほどの表情といい、俺は彼女の年相応の行動に弱いのかも知れない。


それ以降の学園生活は、今までとは比にならないほど楽しかった。

例の男子生徒たちは、元から何もなかったかのように俺に関わってこなくなった。昼ごはんは今まで一人で弁当を食べていたが、別クラスにいるシリウスと一緒に食べている。登校も、下校も、シリウスと一緒だった。

学年が変わる頃には「俺はこの先もずっと、シリウスと一緒にいたい」と思うようになっていた。しかも、追い風のつもりなのか母親たちが外堀を埋めていた。

「ねえ、シリウス?もし母さんが、ゲルドくんと結婚して!ってお願いしたらどうする?」

「別に、良いよ。あいつ嫌いじゃないし」

これは、ある日両家でピクニックに出掛けてきた時に。

「ゲルド、将来どんな人をお嫁さんにしたい?」

「ぶっ…!?母さん、なんだよ急に…」

これは、ある日俺の家でお茶会を開いた時に。この時俺は、お茶でむせた。本当に母さんたちは…。呆れるしかなかった。

でも俺自身、いずれ本当にそうなったら良いな、と思ってはいる。

シリウスの横にずっといたい。彼女の横がとても心地よくて、正直でいられる。互いに支えられるような、そんな関係に。


数年後、家の廊下を歩いていると手のひらサイズの手帳が落ちていた。

「誰のだ?」

淡い紫色の、女性が持つような小さな手帳。

メイドさんのものだろうと思ったが、手帳の中身を確認する。名前が書かれていたなら、何人も声をかけずに済むと思ったからだ。

ペラペラとページをめくり、あるページに目が止まった。

そこに書いてある内容に、俺は頭を抱えた。



「ねぇ、うちの息子…」

「ねぇ、うちの娘…」

「「すごく仲良いわよね!!!」」

「ゲルドったら、多分シリウスちゃんに恋してるわよ!」

「もう!?そのまま一途なら結婚ね!」

「ずっ〜と先の話かもね〜!」

「それでも、今から楽しみだわ~!」

「「ね~!」」

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