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慢性期の脳卒中後遺症の運動機能障害と戦う!

はじめに

今回、脳卒中の運動機能障害についてまとめようと思ったきっかけは、私が関わっている方に慢性期(生活期)の脳卒中が多かったということと、セラピストが慢性期脳卒中の症状を「治らない」と諦めている風潮を感じたためです。

世間的にも慢性期ではクライアントの身体機能より活動や参加に焦点をあてることが重要とされています。当人に現状を受け入れてもらい、“できることを増やす”という考え方には基本的には賛成ですが、治る可能性がある人に対して、いきなりこの考え方を適応するのはセラピストとしていかがなものかと感じています。それだったらセラピストでなくてもいいんじゃない?と思ってしまいます。また、リハビリ職種は、先々を見越してアプローチする視点を持っているのが当たり前ですが、“現状が良ければ良い”という考え方を慢性期で当てはめることに疑問がありました。

実際に私も脳卒中後遺症の方を病前と全く同じ姿に戻したことはありませんが、微力ながら回復に向かわせている経験は多々あります。「もっと良くなりたい」と希望されているクライアントさんが多くいるため、それに少しでも応えたいと日々臨床で試行錯誤しながら介入しています。私のように慢性期の脳卒中に関わっているセラピストが、「治すという意識」を持てば、慢性期でのリハビリテーションも変わるのではないかと期待していますし、セラピストの社会的地位を上げるためにも必要だと思います。

社会的地位と聞くとピンとこない人もいるかもしれませんが、これは診療報酬の引き下げや保険サービスでの人員基準にも関わってきます。私は地域で働いていた期間が長いため、他職種と関わる機会が多いですが、リハビリは認知度が広がってきたとはいえ、「マッサージ」「筋トレ」「一緒に歩く」くらいにしか認識されていないのが現状です。正直これだけなら、リハビリ職種でなくても、家族や介護士で良いとも考えられます。
セラピストであれば「治す」という前提を忘れてはいけないと考えています。誤解があるといけないので述べておきますが、治る可能性があるものと、治る可能性がないものはしっかり評価しないといけません。ここで大切なのは「治る可能性」の範囲を拡げることです。そんな思いでここから書き始めます。

注意点ですが、内容は著者の視点が中心になるため、信頼性に欠ける部分があるかもしれませんが、予めご了承頂きたいと思います。ただし、参考にして臨床に活かす事はおおいに可能です。また、冒頭にいっておきますが「How To」本ではありませんのであしからず。
アプローチは1人1人に対して変わるため、創造力、柔軟力(対応力)、忍耐力が必要な職種だと認識してください。 

目次を見て興味のある章から見てもらっても大丈夫ですし、各章の最後にまとめを書いているのでそこだけ読んでもらっても良いです。好きなようにお読みください。

1.病態

疫学
脳卒中は日本人の死亡原因では4位(平成26年調査)となっていますが、総患者数は147万人で、これは死因トップのがん(127万人)よりも多く、このうち年間13万人ほどが死亡しています。脳卒中での死亡率は減少していますが、その分後遺症を抱えたまま生活している方は増えています

脳卒中は脳出血、脳梗塞、クモ膜下出血など脳の血管の病気の総称です。ちなみに脳卒中の中で脳梗塞が約6~7割を占めます。これらの疾患を簡単に説明すると、
・脳梗塞:脳の血管が詰まる
・脳出血:脳の血管が破れる
・クモ膜下出血:脳の外側のクモ膜という膜の内側で出血が起こる
です。

発症因子
脳卒中は「生活習慣病」と言われており、高血圧、高血糖(糖尿病)、高コレステロール(脂質異常)などが危険因子とされています。これらは遺伝的な要素もありますが、ほとんどは日常生活上のストレス、偏った栄養摂取、不規則な生活リズムなどが原因とされています。原因が解消されなければ再発する可能が高く、再発率は3年以内に20-30%、10年間の累積再発率は脳梗塞50%、脳出血56%、クモ膜下出血70%ととも言われています(PMID:15716529)。よって、発症後は定期的に受診する方がほとんどです。ちなみに、55歳以下の若年者の再発率は2%と低値のようです。

病態
ここから病態の話ですが、このnoteでは一般的な病態の話はせずに、私見を含めた病態の話を致します。理由は、インターネットや多くの書籍で脳卒中という病気についてはすぐに理解できると思いますので、基礎知識が必要な方はそちらをご参照下さい。

脳卒中を発症すると多くの方が病院や介護保険施設で集中的にリハビリテーションを行った後、自宅に戻る人が多いです。自宅に戻った後、状態の維持を図る目的で、訪問リハビリテーションや通所リハビリサービスを利用していることが多いですが、退院・退所後、身体機能は低下することが多いのが現状です。

脳卒中は、先天的に血管に問題がある場合を除いて、動脈硬化、高血糖、高脂血症などが原因で、ほとんどが中年~高齢期にかけて発症する病気です。つまり長年の生活習慣が発症の原因になります。これは再発予防だけでなく、身体状態を把握する際、重要なポイントとなります。
また、既往歴と運動歴の聴取も欠かせません。特に若いときの運動歴は骨形成に影響しますし、片側性が強い(左右差が大きい)ことが特徴です(種目によりますが)。

脳卒中というと麻痺の状態に目がいきがちですが、身体機能低下が脳卒中の影響なのか、それ以外の影響なのかを評価することが必要になります。それを評価する上で、病前の生活習慣を聴取することが大変参考になります。

また、身体機能の評価のみでなく、ヒトが生きていく上で必要な因子の評価も必要になります。ヒトはInputとOutputがうまく循環することで良い状態が保てます。

Inputの因子の一つである水分摂取食事摂取の評価が必要です。なぜならば、ヒトの55~70%は水分ですし、細胞が必要な栄養素は食事から摂取されます。
次に、呼吸状態の評価が必要です。評価は、鼻呼吸が行えているか、過度の胸式呼吸になっていないか、また呼吸リズムなどを診ます。
鼻呼吸が良いと言われていますが、口呼吸は身体に良くないといわれています(西原著「究極の免疫」より)。口呼吸を行うと口腔内が乾燥し菌が繁殖しやすいこと、冷たい空気が体内に入り込み体内を冷やしてしまい免疫力の低下をきたすこと等が起こります。また、空気の入りが鼻呼吸より悪くなります。これは、鼻から入った空気は鼻の奥の毛細血管で暖められるため、肺を膨らませやすくします(参考記事:鼻呼吸)。
また、腹式呼吸は腹部大動脈が刺激されて下半身の血行が良くなりますし、腹部内臓器が刺激されて臓器への血流も良くなるため、過度の胸式呼吸はあまりよろしくないと考えます。

Outputの因子としては、排便、排尿、発汗の状態を評価します。脳卒中になると自律神経系に異常が現れる事が多く、これらに問題がある方を多く見ます。便秘傾向が強い方は、腸内で血管に再吸収されるため、排泄物が血管内を回ることになり身体に良くありません。また便秘の人は腸内環境が悪い傾向にあるため、免疫や精神面への影響も出る可能性があります(参考記事:腸内細菌)。
排尿が少ない方は、水分摂取が少ない可能性があります(参考記事:水の重要性)。また、浮腫が現れている可能性がありますし、女性の方で頻尿の方は膀胱炎になる可能性があります。
多くの発汗に関しては、脱水になり再び脳梗塞を起こすリスクが高まります(参考記事:脱水)。

あとは睡眠状態も必ず確認します。なぜならば、ノンレム睡眠中に神経の結合が強化されると言われているためです。また、ヒトの細胞は60兆個あり、1兆個が毎日入れ替わっているそうです(西原著「究極の免疫」より)。その細胞の入れ替わり・修復は睡眠中に行われるため、睡眠は身体を良い状態に保つためには必須ということになります。6時間が良い、7時間が良い、3時間で良い、など様々言われていますが、多くの書籍が6~8時間を勧めていますし、私の経験からそのくらいが望ましいと考えます。

脳卒中のリハビリといえども、生活習慣の見直しは必要になります。身体の状態を良く保つことで、リハビリの効果も高まりますし、再発予防にもつながります。

<章のまとめ>
・脳卒中罹患者は年々増加傾向にあるため、後遺症をもった人が増える。
・脳卒中は再発率が高く、発症リスク因子としては高血圧、高血糖(糖尿病)、高コレステロール(脂質異常)が挙げられる。
・脳卒中のリハビリでも、水分、食事、呼吸の入り/排便、排尿、発汗の排出/が重要。

2.病院と自宅の違い

私は在宅で働く前は回復期リハビリテーション病棟と療養病棟を有する病院で勤務しておりました。その経験から病院と在宅生活との違いを書きたいと思います。

環境
病院と自宅との違いは大きく分けると4つあると思います。まずは、当たり前ですが物理的環境の違いです。病院はバリアフリー環境で、床面や部屋が整頓されているため、物につまずくという経験や車椅子駆動でタイヤを取られるという経験はされない方が多いと思います。リハビリ専門病院では、それを想定して訓練内容に組み入れていると思いますが、自宅と同等の条件を病院でつくるのは難しいのが現状です。

気候
2つ目は、気候になります。病院は年中適温・適湿度に保たれていますが、自宅でその気候を保つのはかなり困難になります。入院期間が長い程、自宅生活に戻ると気温感覚がおかしくなっていることが多いです。入院中から外の空気を吸う機会を適宜つくることが必要になります。また、季節を身体で感じてもらうことも必要になります。

認識
3つ目は、“自宅は自分の空間”で“病院は他人の空間”という認識の違いです。これはプラス面とマイナス面があります。
生理現象を例に挙げると、自宅に戻ってくると精神的に安定し、「睡眠が取れるようになった」、「便秘が改善した」などの状態になる方もいますが、逆に自宅に戻ってくると不安が強くなり、上記の症状が入院中より強くなる場合もあります。
動きの面では、入院中は自分の好きな時に動けない方が多いですが、自宅では自分の好きな時に動けます。それが身体機能向上につながる場合と、転倒して身体機能が低下する場合があります。また、“自宅では休む”習慣がついている方が多いため、自主トレーニングの実施は難しいのが現状です。特に高齢者は具体的な目標を持っている方が少ないため、意欲も上がりにくいです。入院中は“やってもらう”認識が強いため、自宅に戻ってきてからは主体的に取り組む姿勢に欠ける傾向が強いです。理想としては、入院中から一人で運動を行う指導や実践をしてもらえると良いと考えています。

専門家と関わる時間
4つ目は、専門家が関わる時間の差です。入院中はすぐに看護師や医師が来てくれる環境で、リハビリも週3回~毎日の頻度で関わっています。自宅に戻ってくると、この時間の差で不安が強くなる方がいます。特にリハビリ病院で毎日リハビリを行っていた方はこの傾向が強いです。週6~7回リハビリを行ってもらっていたから現在の状態がある、と強く思っている方は自宅に戻ると毎日何らかのサービス(訪問リハビリ、訪問マッサージ、機能訓練型通所サービス、自費のリハビリなど)を入れる傾向にあります。それがますます主体性を欠落させてしまうかもしれません。逆に、専門家と関わる時間が減ることでリラックスできる人もいます。入院中は監視されている感覚になる人が多いようです。若い方は退院してからの方が精神的に安定し、自分のやりたいリハビリをされている人も多いです。

<章のまとめ>
・環境、気候、認識、専門家と関わる時間が入院時と在宅では異なる。
・病院と自宅での違いを考慮した上で関わっていくことが慢性期では必要になる。

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