ダイエット&ボディビルBL「愛と筋」14
身体の約半分を占める脂肪を減らすためフィットネスジムへ向かった尚太郎(しょうたろう)は、ユニークな美形トレーナーと出会い、彼の指導を受けることになる。しかしその指導は、ダイエットの先を目指すものだった。「ただ痩せるだけでいいのですか?」(イラスト右が受)
14話目。 >>1話
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藤はやれやれと肩をすくめて、10kgのダンベルを2つ手に取った。
「バーベルばかり使っていると筋力の左右差が出てくる。強い側が弱い側を補ってしまうんだ。その解消に、片側だけ鍛えられるダンベルが役に立つ。ただしやりすぎると重心が傾いて腰を痛めやすいから注意な。それと……尚太郎、これ持て」
藤は10kgのダンベルを尚太郎に渡し、12kgのダンベルを2つ持った。
「左右それそれで持てるダンベルだからこそできる種目がある。そのひとつがサイドレイズだ。ほら、俺の真似してやってみろ」
尚太郎は、藤の手本どおりに左右のダンベルを横にさっと上げて、ゆっくり下ろした。
「うわ、たった10kgなのに、重い……」
「ひとつの関節を使うアイソレーション(単関節)種目だから、動作に関わる筋肉が少ないぶん、コンパウンド(多関節)種目より力が出ないんだ。関節への負担も大きいから、高重量は扱えない。だからこそより丁寧に、効かせる意識が重要になる。力が抜けきらない範囲で上げ下げして、動作のあいだ中ずっと筋肉に負荷がかかるよう意識しろ」
「は、はい!」
「……たいていの初心者は神経が未発達だから、アイソレーション種目だと効かせたい筋肉とは別の筋肉を使っちまう。だからコンパウンド重視で神経をしっかり発達させて意図的に筋肉を動かせるようになってからアイソレーションを入れていこうと思ってたんだが……やっぱりコイツ、あのひとと同じで神経系の適応が早ぇな……」
藤がなにやら小声でぶつぶつとつぶやいているが、必死にダンベルと格闘する尚太郎にそれを気にする余裕はなかった。
翌日の胸と背中の日にも、ダンベルは活躍した。
20kgのダンベルを左右それぞれに持ってベンチに寝ころんだ尚太郎の胸を、ぷにぷにつつきながら藤が言う。
「今からダンベルプレスをやる。バーベルだとバーが身体に着くまでしか下げられないが、ダンベルならより深く下げられるから、そのぶん胸にストレッチがかかる。これで大胸筋を鍛える」
「あの、胸つつかないでください」
「いいからやれ」
「はい……」
「下ろす時はゆっくり。肩甲骨を寄せて胸を張る意識で」
「くぅ……」
「よし、素早く上げろ。肘は伸ばしきるな、胸から負荷が抜けちまう。よし、そこで10秒キープ」
「ううう……」
「この種目は、上にあげたときに負荷が最大になる。その美味しいところを存分に召し上がれ」
ベンチプレスで扱う重量より軽いのに、ものすごく効く。
「ぐぉぉ……」
うめきながら10レップを3セット行った尚太郎は、ベンチの上で機能停止した。できることなら永遠に外界の刺激を受けたくないとまで思ったが、
「じゃあ次はダンベルフライな」
藤の笑顔には逆らえず、「……は、はい……」弱々しく応えて、もう一度ダンベルを握った。左右のダンベルを胸上で高く合わせ持ち、そこから左右に弧を描くように広げながら下ろしていく。
「この種目は、下ろしたときに負荷が最大になるから、下げた状態で10秒キープしろ」
「あああ……」
「きついってことは、そんだけ効いてるってことだ。喜べ」
(喜べない。全然喜べないッ!)
半泣きになりながら10レップ。
それを3セットやり終える寸前で、藤がにっこりと無茶を言ってきた。
「下げたところで小さく上げ下げしろ。小刻みに動かすことで大胸筋をパンプアップさせるんだ」
「うあ゛ぁぉぉお゛ぉ……」
(痛い……とんでもなく痛いぃぃ!)
うめきながら終えた。
胸の痛みが腕を伝って指先までぷるぷるする。プロテインが入ったボトルすら握れない。
(筋トレして握力ゼロになるって、本末転倒な気がする……)
ため息をつくも、なんとかやり終えた自分にほっとする。遅れて、じわじわと達成感が湧いてきた。疲れているのに頬が緩んでいく。
「はぁ……ダンベルプレスって、可動域が広いぶん、ベンチプレスとは違った刺激が得られるんですね……」
「そうだ。こうして色んな種目をやることで筋肉に新鮮な刺激が入り、肥大しやすくなる。ほら、おまえの胸もすごいパンプしてるぞ」
胸をわしわし揉まれて「いたたた!」と叫びながらも、尚太郎は、藤の奇行に慣れつつある自分に気づいた。
人間の順能力は侮れない。
初めは号泣したくなるほど辛かったトレーニングも、日が経つにつれ慣れていく。
激変した食事内容にも馴染んでいく。
今日もなんとかやり遂げた、今日もやれた、今日も……それを繰り返して、少しずつ「やれる」自信がついていく。
そして体重が減ったら、本当に嬉しくなる。
変わっていく実感があると、やる気が出てくる。
やる気に比例して、ヘビーウエイトの日に扱う重量もどんどん上がっていった。
重量が急激に伸びるとどうしてもフォームが崩れるが、そのたびに藤は、重量を少し減らしてフォームのズレを矯正してから再度重量を上げさせた。
そうして綺麗なフォームを維持できたおかげで、尚太郎は怪我することなくMAX重量を伸ばせた。
それまで挙げられなかった重さが挙げられる。
自分のパワーアップが目に見えてわかると、モチベーションもアップする。
重量を追うことを楽しみはじめた尚太郎だったが、スクワットとデッドリフトが150kg、ベンチプレスが130kgを超えてからはMAX挑戦をさせてもらえなくなり、藤と同じ100kgで回数を重ねるスタイルとなった。
*
寝る前にプロテインを飲み、起きたてにプロテインを飲む。クリスマスケーキの代わりにプロテイン、お雑煮の代わりにプロテイン、誕生日ケーキの代わりにプロテイン。そんな生活も当たり前になり、気づけばトレーニング開始から半年が経過していた。
「だいぶ痩せたな」
つつき甲斐が減った腹をつねって、藤はにっと口端を吊り上げた。
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