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ダイエット&ボディビルBL「愛と筋」15

身体の約半分を占める脂肪を減らすためフィットネスジムへ向かった尚太郎(しょうたろう)は、ユニークな美形トレーナーと出会い、彼の指導を受けることになる。しかしその指導は、ダイエットの先を目指すものだった。「ただ痩せるだけでいいのですか?」(イラスト右が受)

15話目。 >>1
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「いたた……は、はい、この半年で25kgも落ちました」

「体脂肪率は29%ってとこか……まだまだ肥満の範疇だが、元を考えるとかなりの前進だな」

藤はおもむろに尚太郎のシャツをめくり、腹をチェックした。続いてジャージをずり下げ、尻と太ももをチェックする。

「よし、肉割れはできてないな」

「はい、藤さんに教わったとおりに肌ケアしてますから」

毎晩風呂上がりにリンパの流れにそってオイルマッサージし、活性酸素を除去するビタミンCを頻繁に摂取してきた。おかげで急激なダイエットに付きものである肉割れはできなかった。

「肌ケアだけじゃなく、脂肪が減ったぶん筋肉がついたから皮膚の余りが少なかったんだろう。……しかし、変わったなぁ。まぁ、元が太りすぎてたからな。ちなみに息子の様子はどうだ?」

「ちょっ、パンツまで脱がさないでください!」

「なぜ拒む。せっかく歯科医の血を引くトレーナーの俺が、直々に診断してやろうと……」

「結構です!」

「俺はただ、おまえの息子が脂肪とともにこの世から消え去ってしまったのではと心配して……」

「息子はちゃんと生きてます!」

脱がされかけたパンツをガードするようにジャージを引き上げた尚太郎は、「それより見てください」と自分の頬を指した。以前は吹き出物だらけだった肌がつるつるになっている。

「痩せただけじゃなくて、肌もきれいになりました」

「そりゃそうだろ。おまえの肌質が悪かったのは、毎日油もんばっか食べてたからだ。それによって体内で起きた炎症が、肌に表れてたんだ。
油を減らして、肌を作る栄養素であるタンパク質をしっかり摂れば、肌は綺麗になる」

「そっか、油ものを食べなくなってプロテインを飲んだからこんなに綺麗になったのか。すごいな。市販の塗り薬をいくら塗っても治らなかったのに。食べ物だけでこんなに変わるんだ」

「ん? おい、ちょっと待て。まさかタンパク質をプロテインだけで摂ってたとか言わねぇよな?」


「だけってわけじゃないですけど、プロテインは毎日300gくらい飲んでます」

「300って……おいおい、そんだけで1200kcalいくじゃねぇか」

「でも他の食事で調整してるからPFCバランスは崩れてませんし、1日の総摂取カロリー4500kcalは守れてますよ」

「体調は?」

「すこぶる元気です」

「すげぇ臭いオナラばんばん出てるんじゃねぇか?」

「ほとんど出ません」

「マジか、ちゃんと処理できてんのか……そういうとこも、あのひとと同じだな」

「あのひと?」

「ったく、体質には個人差があるとわかってても羨ましいぜ。俺も粉ばっか飲んでた時期があったが、そのころは常に吹き出物だらけだったのに……」

「えっ、藤さんでも肌が荒れたことあるんですか!?」

「ああ。俺の肝臓はおまえみたいにタフじゃねぇから、過剰な量のタンパク質を摂取すると、消化時に発生するアンモニアを処理しきれねぇんだ。結果、溜まったアンモニアのせいで体内に炎症が起こって肌が荒れちまう。
ちなみに屁も臭かった。自分の屁なのに殺意が湧くほど臭かった」

「藤さんが、臭い屁を……」

尚太郎は驚いた。イケメンは屁をしないと思っていた。万が一なんらかの死病にかかり、存命のために止むを得ず放屁せねばならない事態に陥ったとしても、その匂いは瑞々しいフルーティフローラルに違いないと思っていた。
藤の部屋がいつも爽やかなグレープフルーツの香り(アロマ)であることと、藤自身からは華やかなジャスミンの香り(ボディクリーム)がすることが、その思い込みに信憑性を持たせていた。

(……僕、バカだな。冷静に考えれば、フルーティフローラルの屁を出すイケメンなんてもはや人間じゃないのに)

尚太郎が内心で自嘲するあいだも、藤の話は続いている。

「だから俺は、基本的に食事からタンパク質を摂るようになった。そのほうがプロテインよりも吸収がゆるやかなぶんタンパク質を少しずつ処理できて、アンモニアが溜まりにくくなるからな」

藤は、どこか上の空な尚太郎の頬をぺちぺち叩き、

「プロテインから摂るとしても、普通の人間であれば、タンパク質が体重に対する適正な総摂取カロリーの35%を超えると自然に満腹感を感じてセーブしようとするんだが……おまえはそのセンサーが壊れてるのかもしれないな。
まぁ、体重×3gのプロテインを摂るビルダーはざらにいるし、近年の研究では、健康なトレーニーならそれくらい摂っても問題ないって証明されてるし。おまえはまだ125kgもあるから、プロテインを300g摂っても無理は生じないってことか」

ひとりでうんうんと納得し、こんどは尚太郎の頬をすりすりと撫でさする。なめらかで気持ちいい。お餅のようだ。

「まぁそれはそれとして、野菜もちゃんと食べろよ。最近はなんでもかんでもサプリメントで摂ろうとする奴が多いが、サプリメントはあくまで栄養補助食品だ。基本はやっぱり食事から栄養を摂ったほうがいい。野菜に含まれるビタミンは微量だが、食物繊維は腸内細菌の餌になり、乳酸などの短鎖脂肪酸を作り出し、ホルモンを生成したり免疫を働かせたりする。そして便通も良くする。欠かさず摂ったほうがいい」

顔面をむにむにと変形させられながら、尚太郎は「ふぁい……」と答えた。

「ヨーグルトや納豆も食えよ。発酵食品で腸内細菌が増えることはないが、大腸の免疫細胞が活性化して全身の粘膜免疫を強くする。タンパク質も入ってるからお得な食品だ」

「ふぁい……」

初めはヘルシーな食事に物足りなさを感じていた尚太郎だが、ヘルシーな食品はカロリーがあまり高くないので量は十分に食べられるし、小分けして数時間ごとに食べているので空腹感はまったく感じなかった。
たまにこってりしたものを食べたい衝動は起こるけれど、痩せたい気持ちと、身体が変化していく嬉しさでなんとか我慢できた。
そして今、自分のことのように嬉しそうにしている藤を見て、我慢して良かったと思った。

むにむにと弄ばれても「へへへ」と笑っている尚太郎の頬から、藤はようやく手を放し、「そういや、」と話題を変えた。

「おまえコンタクトにしたんだな」

「はい」

「ちょっと痩せたからって色気づきやがって……」

なぜか頬を膨らませる藤に、尚太郎は慌てて首を振った。

「いや、色気づいたんじゃないです。メガネだと、トレーニング中にずれてしまうから……」

「別に言い訳はいらねぇよ。女性にモテようとしてんだろ? 今日着てきた服もキレイめカジュアルだし、そのトレーニングウェアもラフめスポーティだしさぁ」

「それは、痩せて服のサイズが合わなくなったから、どうせ買い替えるなら少しはオシャレにしたいと思って……」

ちなみに会社のスーツも、ビッグドリー男で買ったXXXXLから、大手紳士服チェーンのXXLに買い換えた。さようならビッグドリー男。ありがとうビッグドリー男。

「髪も切ったしさぁ」

「さすがに伸びすぎてましたからね。行きつけの床屋のおじいちゃんに『おめぇ誰か知らんが触り心地がモップみてぇだな。こりゃ切りがいがありそうだぜ』って喜ばれました」

ちなみに床屋のおじいちゃんは御年102歳。老眼が悪化してほとんど物が見えず、勘だけを頼りにカットしていたが、尚太郎が来店した翌日にとうとう負傷者が出たため、惜しまれつつ店を畳んだ。さようなら床屋のおじいちゃん。ありがとう床屋のおじいちゃん。

「そ、そっか……しかし、こんな良いツラ持ってやがったとはな」

藤はこれまで尚太朗の身体にだけ興味を持っていた。顔面などどうでもよかった。
しかし今、身体と同じくらい顔面にも目がいく。

基本的に体脂肪は、全身単位で落ちていくものだ。部分痩せは難しい。
しかし人によって脂肪が落ちやすい部位はある。尚太郎にとってそれは頭部であるようだ。

二重あごが消えたことで浮き出てきた、骨太で男らしい輪郭。だんごのように鼻先を覆っていた脂肪が消えて現れた、筋が通った高い鼻。重いまぶたの肉が消えて生じた、くっきりとした二重ライン。
痩せきっていない状態でも十分に整っている顔を、藤はじとっと見上げた。

「これなら女性はほっとかないだろうよ。すでに職場でちやほやされてんじゃねぇのか? ん? 正直に言いたまえよ君」

どっかのお偉いさんっぽい口調で訊かれ、尚太郎は太い眉を下げた。

「まだ太ってるんで、ちやほやどころか相手にされてません」

「ふーん、そっか。……おまえの会社の女性陣は見る目がないんだな」

「いや、そんなことないですよ。それに僕……」

尚太郎は短くなったくせ毛をかいて、少し気恥ずかしそうに言った。

「初めは女の子にモテたい気持ちもありましたけど、いまは恋愛よりトレーニングがしたいです。頑張れば頑張ったぶん身体が変わる。努力が結果として表れることにやりがいを感じています」

「……ふぅん、そっか。いいんじゃね。彼女なんか作っちまったら、夜がお盛んになって筋肉を休ませるための睡眠時間が短くなっちまうしな」

なぜか機嫌がよくなった藤は、トレーニングベルトと滑り止めのグローブを尚太郎につけた。

「んじゃ楽しいトレーニングを始めるぞ」

「はいっ!」元気よく応えて、尚太郎は床に置かれたバーベルを握る。

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