『天使と悪魔の宿るもの』
しばらく前にわたしは酷い失恋をした。
ふたりで時を過ごした末の出来事だから、別にどちらが悪いだとか、そういうことを言うつもりはない。
わたしにいけないところがあって、それは彼にも多少あったりして、たぶん、それだけのことなんだと思う。
ただ「この役立たず」と言われたことだけはよく憶えている。でもその彼の言葉はちょっと使い方というか、文脈とずれていて、わたしは憤りだとか、或いは悲しみだとかそういった感情が湧いてこなかった。
代わりに、だったら愛してくれたらいいのに、とだけ思った。「役に立たないものは 愛するほかはないものだから」と言ったのは誰だったか。
あれからわたしは誰かを好きになったりしなくなった。
誰かから想いを寄せられているということもないと思う。たとえあったとしても、今のわたしはきっと気が付いてあげることさえ出来ない。
使い古された愛で語り合ったり、何気ない普段の会話に幸せを見出だすような相手がいないのは少し寂しい気もする。
けれど、誰かを好きになったりしなければ、それが満たされないからといって、苦しみに苛まれることもないし、煩わしさを感じることもない。
今のご時世、わたしのような人間は少数派ではないと思う。寧ろだからこそ、人々は一年のうちに幾つかあるその類いの記念日を有効に活用しているのだろう。
二月の上旬、ことあるごとに視界に飛び込んでくるのは、あの無駄に大きなリボンをつけた赤いハート型のシンボルマーク。それらの多くは何かを小売りする店先にあって、それに宿るものが天使か悪魔かも知らないで皆、並べられた商品を手にする。
しかし、そのシンボルを目にすることの出来る人の側にはきっと天使が付き添っているに違いないのだし、そうだとわたしは思いたい。
今のわたしには、まだしばらくそんな気配は感じられないけれど、そのうち、また自分勝手に、そして我が儘に恋がしてみたい。
その時のわたしは、天使でも悪魔でも、どちらにだってなれると思う。だって、どちらも元は同じようなもので出来ているのだから。
〈了〉
あなたのサポートを心よりお待ちしております。新しい本を買うことができます。よろしくお願いいたします。