『ラグランジュポイント』
わたしはビルの窓越しに見る空が好きです。
ガラス窓という存在が媒介となって外界とわたしとをつなぎ、いつもと違う空を見せてくれます。
しかも、より安全にです。
でも、あまりに高くてはいけないのです。
せいぜい30階くらいまで。
地面から大体100メートルが限度です。
それより高いと少し怖くなります。
高所恐怖症という訳ではありません。
高すぎると、空に引っ張り上げられるような気がするのです。空に対する憧れが強すぎるせいでしょうか。
白状します──。
本当は引っ張って行ってほしい。
あの人にもう一度会いたい。
空に憧れ、高く遠くまで飛ぶことを夢見たあの人に。
でも、地上に未練もあるのです。
胸のなかでは憧れと未練とが混じりあっています。
飛行機は何故か平気です。
あんなことがあったのに。
可笑しいですよね。
飛行機のちいさな窓から見る、手の届きそうな、あのふわふわとした雲が好きです。
寒くて厳しくて人も居ないから、あんなに綺麗に見えるのでしょうか。
でも、そこにあの人はいないと感じるのです。
どこまでも遠くに憧れたあの人は、地球の外に、月の少し近くにいると思うから。
ラグランジュポイント。
それも、地球と月とが見える場所。
地球―月系のL1 。
あの人が好きそう──。
だから、きっとそこにいると思うのです。
あの人は運動があまり得意でなかったし、それに、とても寂しがり屋さんだったから、そんなに遠くへは行かないと思うのです。
もしそうだったら、わたしはとても嬉しい。
それくらいなら、こんなわたしでも、いつかは飛んで行ける気がしています。
そして、今日も窓の外には空がひろがっています。
〈了〉
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