【書評】地下アイドルを書くために:ロマン優光『地下アイドルとのつきあいかた』
地下アイドルの現場は基本的に、アイドル、オタク、運営の三者から成るネットワークとして記述することができる。このネットワークのなかの様々な関係について手広く知りたいときに読むべき一冊として、今やロマン優光の『地下アイドルとのつきあいかた』を挙げることができるようになった。地下アイドルオタクにとっても、そうでない人にとっても、喜ぶべきことであると思う。
もし本書を地下アイドルに少しでもなじみがある人が読めば、どこかで自分が見聞きしたことがあるような現実が描かれている箇所に、ページを繰るたびに出会うことになるだろう。それくらい様々な目配りの行き届いた記述になっている。こうした記述に対して、「いや、自分の場合は違った」みたいな注文を付けることはいくらでもできる。というかそんなことは筆者にとって百も承知だろう。むしろそうした反応を狙っているとすら言えるかもしれない。
筆者の記述は、本書を通してあくまで抑制的である。地下アイドルの現場の良い面悪い面どちらについても、過度に持ち上げたり貶めたりすることをしていない(だからこそ、筆者の感情が強くせり出してくる箇所は、強い印象を読者に与えもする)。そしてこのことは、地下アイドルに一定程度以上通じている読者に、「自分ならもっとこう書く」というような気持ちを引き起こさずにはいないだろう。
地下アイドル現場で他のオタクに触発されて何かを始めてしまうかのように、他のオタクの文章を読むことで自分も地下アイドルを書き始めてしまうこと。本書の狙いの一つは、実はここにあるのではないか。地下アイドル現場でだけ見かける、場合によっては名前も知らないような人たち。そんな人たちとあるときに交わって、ある時にはまたその交わりがあっけなくほどけていく。そういう交差と分離の繰り返しのなかで、各々がてんでばらばらに何かをやっていく。そういう仕方で各々が地下アイドルを書くということの出発点の一つとして、本書を位置付けることができるはずである。
もちろん、以上述べてきたような本書の意義は、あくまですでに地下アイドルのことをある程度知っている人に対してのものに過ぎない。しかし本章の手広い目配りの行き届いた記述は、地下アイドルに詳しくない人にとっても恰好の入門書となるだろう。そしてここから入門することは、単に自分とは全然違う世界に入っていくというだけのことでは終わらない可能性が高い。全然詳しくないにもかかわらず、「これはほんとうのことだ」と思える箇所にきっと出会えるだろう。
例を挙げよう。本書の「おわりに」の一節から。
ここには、たとえ世界が丸ごとひっくり返ったとしても、「ほんとう」でしかありえないようなことが書かれていると私は思う。とはいえ、これが「ほんとう」だと思えるためには、本書を通読する必要があるだろう。そしてそうする価値は、たぶんある。本書で見つけた「ほんとう」を手掛かりにして、今度はあなた自身の「ほんとう」に出会ったり、出会いなおしたりするために、考え始めたくなるに決まっているからだ。(文責:古川)
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