#5 夢が覚めたら
夢かもしれない。夢だ、きっと。
僕はそう思いながらもう一度、目を閉じた。
目が覚めた。夕暮れ時の教室、時計は4時を指している。あまりの眩しさに目を細めると、反対側からガラガラっと音が聞こえた。
「まだいたの?」
「え、あ、うん」
いつも話しかけてくれないのに、夢の中だとこんなにも都合よく話しかけてくるのか。
「夢ってわかってて見るのも、悪くないな」
「え?なんのこと?」
僕の小さなつぶやきに反応する。夢の中はいいな。僕の思い通りだ。素直で純粋な子。
僕の好きな人。
「綺麗じゃない?夕焼け」
「ん、まぁね」
「今日部活休みなんだ。先生手伝ってたら誰もいなくなっちゃった」
「そっか」
僕は見たくないはずの太陽を肘を付きながら眺める。会話は弾むわけでもなく、カバンをあさるような音と秒針が歩く音だけが時間を感じさせる。
「ねぇ」
「ん?」
「誘ってくれないの?」
「帰り?」
「そう」
「別に、いいよ」
「一緒に帰るってこと?」
「その逆。面倒くさいし」
夢だから好きなことするんじゃなくて、夢だから何もしない。どうせ夢だ。一緒に帰っても変なところで覚めちゃうだろうし、期待を自分の睡眠に裏切られたショックは現実世界で引きずるだろう。
「やりたいこととか、話したいこととかないの?」
「だって、夢だもの」
彼女は少し悲しそうな顔をして沈む太陽を見る。
「夢ってわかってるからこそ、やりたいじゃん普通」
「意外に生意気なんだね。僕の夢なのに」
「君の中ではいい子かもしれないけど、私も人間だから」
「僕の夢なんだから、少しは言うこと聞いてよ」
何も言ってないクセにとつぶやいた彼女は、何か思い出したかのように笑う。全部わかってるクセに。
その笑顔だ。ずっと見ていたい。いつもは話せないから。
「ねぇ。話さなくていいの?」
「一緒にいれるだけでいいよ」
「遠回しに告白してる?」
「そういうことでもいいよ」
あぁ、夢だとこうやって言えるのに。すらっと言えてしまう自分がかっこいい。ドラマの主人公かよ。
憧れる。
君は僕の席の隣に座る。前にあったな、何月だっけ。すごく嬉しかったなぁ。
「私ね」
「うん」
「いや、いいや」
「なんだよ、夢なんだから。僕のこと楽しませてくれたっていいだろ」
「私はいつも君の夢の中に出てきてる住人とは違うの」
「まぁ、そうだよな。好きな子だもん」
君はせっかく隣に来たと言うのに窓の方を見て目を逸らした。これは思い込みなのか。夢だからなのか。
君の頬は、夕焼けと同じ色をしていた。
「ごめん。夢の中まで呼び出して」
「これが仕事みたいなもんでしょ?」
「でも、初めてだ。こんなに君とちゃんと話せたの。夢でも遠くで眺めてた気がする」
「覚えてないの?」
「夢だもの。覚えてるわけない」
「…いつか、忘れちゃうんでしょ?この夢も」
「そうだろうね。夢だから」
「そっか。そうだよね」
人間的で、現実的で、幻想的な夢だ。幻のようで、君がしっかりいて、話していて。またそれが幻のようで。
もう太陽は沈みかけている。もうすぐ、かもしれない。
「ありがとね。出てきてくれて」
「別に。いいよ、楽しかったし」
「こんなに好きなんだ。また、呼んじゃうかも」
「そのときはさ、覚えててね」
「無理だな、きっと。夢だから」
「そっか」
「じゃあさ、夢の中でいいからさ」
*****
目が覚めた。白雪姫みたいだ、こんな覚め方。スマホのアラームより少し早く起きた僕は、先手を打つためにスマホを手に取る。
『あれが告白の返事ってことでいい?』
君からの初めてのメッセージ。クラスのグループlineから追加したんだろうな。ちょっと手が震える。
あれって、何だっけ。
返事ってことは僕が告白したことになる。は?告白?なんなことなのか全くわからない。そんな記憶、どこにもな、
消えてしまいそうなパズルのピースをグッと握る。
夢かもしれない。夢だ、きっと。
僕はそう思いながらもう一度、目を閉じた。
スマホのアラームが鳴る。そしてもう1件、lineが届く。
『夢が覚めたら、』
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?