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#3 先で。ずっと隣で。

嘘だと思った。目の前の大人は平然としているけど。全然、思うように言葉が出てこない。人間、嬉しすぎるとこんな単純になってしまうのだと、初めて知った。

「良かったね。おめでとう」

「ありがとう。嬉しいよ、本当に」

もっと言いたいことがあるのに、のどに詰まって口にできない。この感情を言葉することなんかできないのかな。僕はただ、キミのスマホを見て今までにない笑顔を向けることしかできなかった。

「これから人気者だな」

「そんなことないよ。僕は僕だから」

いつもクラスの端にいるような僕がこんなことになるなんて。でも、僕は僕。明るい人間なんかに急に変わることなんてできない。それにね、

知ってるよ、僕だって。

キミは喜んでくれてるけど、モヤモヤしてるんでしょ?

僕が遠くに行くとでも、思ってるんでしょ?

そんなことないよって言いたいけど、キミが離れて行ってしまいそうで。

僕のことを誰よりも喜んでくれるのはキミで、

誰よりも悔しがっているのもキミなんだ。

父さんや母さんよりもずっと近くにいてくれる。

だから、離れて行ってほしくないんだ。


でも、1個だけ。僕のことをキミは知らないでしょ?

僕は、キミが思ってるほどバカじゃないよ。

全部わかってるから。

あの日、キミが泣いていたことだって。

あの日だけじゃない。僕といて楽しいことばかりじゃなかったって。

でも、僕はいつも逃げてしまうんだ。

知らないフリして、キミの横に立ってしまうんだ。

僕、本当はキミにすごく憧れているんだよ。

いつもヘラヘラしてるけど、見えないところでたくさん努力してて、

こんな僕なんかの横に立ってくれて、

たくさん言葉を投げつけてくれて

たくさん背中を押してくれて

ずっと、キミの背中を追ってきたんだ。

キミに向かって、走ってきたんだ。


だから、キミがいなくなったら、どこに向かって走ればいいの?だから、今日も、誤魔化してしまうんだ。キミがいて僕なんだ。僕は僕でいられるんだ。僕は言いたかった。伝えたかった。大好きなキミに。大切なキミに。

「キミと一緒に、これからもいるから」


カメラを向けて笑うキミに、そんなことは言えなくて。もうすっかり、夜になってしまった。

あ、今日の月、あの日の夜と同じだ。言えなかったことも、今なら。
別に気にもならない無言の空間が僕らを包む。

「これから、どうすんの?」

「どうするって?このままだけど」

「なんで?」

なんでなんて聞かれても。考えるより前に言葉は歩く。

「当たり前でしょ。もしかしたら人気者になるかもしれないけど、僕は僕だよ。ずっと変わんないし」

「そっか。そうだよな」

僕だって怖いんだ。明日、僕らがどうなるのかなんて想像すらつかないんだから。

「あのさ、僕がここまで来れたのは、キミのおかげだよ。だからさ、」

「わかってるって。何が言いたいか」

「じゃあ、いいや」

伝えたかった言葉は、キミに届いたのかな。届いてたらいいな。

僕はキミの隣を1歩1歩歩く。

「ねぇ」

「ん?」

「明日もさ、隣歩いてくれる?」

「何言ってんの?僕の居場所はキミの隣以外どこっていうのさ」

なんだ。おんなじこと考えてたんだ。テレパシーで繋がってるのかな。少し嬉しくなった。

「ここが僕の居場所だから」

だからね、どこへだっていけるんだ。キミが隣にいてくれるから。キミの向けるその笑顔が大好きなんだ。

僕は1歩だけ、少し大きく踏み切った。

キミの歩幅に合わせて少し先を歩く。

溢れ出そうな何かをこぼさないように、僕は月を見上げて、キミの隣を歩いた。

(#2を読んでいただくと、より楽しめます。)

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