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伊坂幸太郎著『777 トリプルセブン』

ホテルを舞台にした小説やドラマ、映画は数あれど、こんなに人が死ぬ物騒なホテルはほかにあるまい。
単純ではあるが、この作品を読み終えてまず思い浮かんだ感想がこれである。
 
今年9月に発売された伊坂幸太郎の『777 トリプルセブン』は、累計300万部を突破する殺し屋シリーズの最新作だ。
2020年発売の前作『AX』のインタビューでは伊坂自身「続編を書く予定はない」と応えていたものの、ファンにとっては嬉しい誤算となったシリーズ第4弾が本作である。

なぜゆえ続編が執筆されたかといえば、シリーズ2作目の『マリアビートル』が『ブレット・トレイン』としてハリウッド映画化された際、主演を務めたブラットピットから「続編を見てみたい」と言われたことがきっかけだったという。世界的大スターが発する言葉の影響力はやはり大きかったということか。
 
本作の主人公はその『マリアビートル』にも登場した、ことごとく運に恵まれない殺し屋、七尾(通称:天道虫)だ。

「簡単で安全な仕事だから」と上司の真梨亜から仕事を引き受けるが、毎度のごとく不運が重なり大変な騒ぎに巻き込まれる七尾。今回の依頼は「東京のとある高級ホテルの一室にプレゼントを届ける」というもの。
「何も難しいことはない」と考えプレゼントを指定された部屋まで届けに行くが、それが抗いようのない運命なのか、彼が抱いた違和感はやはり現実となり、やがて想定外の騒ぎへと発展していくことになる。
 
本作でもこれまでのシリーズ同様、実に多くの個性的な殺し屋とその周辺の業者が登場する。
人体解剖が趣味と噂される乾、ハッキング能力に長けた逃がし屋ココ、得意分野は死体運びのモウフとマクラ、吹き矢を自在に使いこなし暗殺を遂行する容姿端麗な6人組集団。

彼らが織りなす、いわば同業者同士の生死をかけた戦いには妙味溢れる駆け引きが盛り沢山だ。腕が立つだけでなく頭脳も明晰な彼らがもし現実に存在していたら、当然だが僕の命など朝飯前だろう。
 
こうした、それぞれに高い能力を持つ殺し屋とは対照的なのが主人公である七尾、という点も本作に惹かれる理由の一つといえる。
もちろん一般人と比べれば、持ち合わせている能力が「カタギでない」ことは確かだが、多彩な能力を併せ持つ同業者たちにまぎれると、七尾にはこれといった強みがないように映ってしまう。

それでも、にっちもさっちもいかない状況を打破するために、「今できることを全力でやろう」精神で必死に彼らに立ち向かう光景は、不運に見舞われても腐らず前を向く重要性を説いてくれているようでもある。まさに読者に普遍的な勇気を見せているのだ。
 
そして本シリーズ問わず、伊坂作品の大きな特徴の一つともいえる伏線回収の妙は、本作でも衰えるどころか、その威力は増しているようにも感じられた。

前述したホテル内での殺し屋同士の攻防とは一見無関係に思える、国民からの信頼が厚い元政治家の蓬情報局長官や、起きたこと全部を記憶してしまい忘れたくても忘れることのできない紙野結花が終盤回収するある一件はまさにそうなのである(自らに似た部分があったからなのか、個人的には「忘れたくても忘れられない」紙野に関する話はかなり感情移入してしまった)。

この辺りのことはあまり深掘りしてしまうと未見の方の楽しみを奪うことになるので、ぜひ本作を手に取って実際に確かめてほしく思う。
 
 
本作を読了すると、殺し屋の殺し屋による殺し屋のための殺し合い(いくら感想とはいえ「殺し」という言葉を連発すな)のストーリーすら、読者を裏に隠れたテーマへ導くためのミスリードだということに気づかされる。
もちろん、裏社会におけるアクション要素を純粋に楽しんでいる読者もいるだろうが、僕のような読み方ができるのも伊坂作品ならではといえるだろう。
 
当たり前で疑いようのない文脈さえ、もしかしたら何かの伏線なのではないか。そうやって眉に唾をつけながら読み進めることのできる本作は、今後僕の身に何があろうとも忘れることのできない一作になった。
……それに、七尾のような不運続きの人生はご免だけど、いつか七尾のような人間になってみたい。そんな風に思える主人公像も、やはりたまらなく魅力的なのである。


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