まとわりつく天の涙に真夏の餞別を込めて

雨が降っていた。いや、降りしきっていた。そんな言葉じゃ足りないくらいの大粒の水は体を濡らし、濡れた体からさらにもう一度滴り落ちた。その天の涙は、僕の体からしょっぱい水を拭い去っていった。
今年の夏はそんな雨にまみれた夏だったように思う。灼熱の太陽のもとに合唱するセミよりも、怒鳴り声をあげる灰色の積乱雲の記憶が、強く、深く刻み込まれている。

8月末に熱海に行こうと思っていた。電車で向かおうと思っていた。在来線が都会の喧騒から、田舎の静寂に連れて行ってくれることを期待していた。けれども、その思いはやはりただの水によって阻まれたのであった。そんな不完全燃焼を残して、僕の夏は、今まさに過ぎ去ろうとしている。毎年更新される夏の短さが、どこからともなく儚さを連れてくる。

時は戻って8月のはじめ、一人旅に出かけることができた。この夏の序章を告げるための旅だった。広がる景色を廻り見て、縁もゆかりもないその土地に、自分の居場所を探しまわる。輝く緑と、空の青と、天高い積乱雲に昇っていけたらといつも思い描いている。だから、そんな空に近づくように、山道をひたすらに進む。手を伸ばして救いを求めるように進んでいく。一人旅をするときの定番のルーティンだ。僕のツーリズムは、それがすべてだから。

今年はこの序章から書き始めたストーリーを、まだ終わらせることを許されていない。不完全燃焼に、情熱と図々しさのガソリンをまいて、僕の身は地方ローカル鉄道の座席の端っこに。ドアの開閉を眺めながら、居もしない人の、ありもしない物語を妄想する。この夏に終止符を打つ、清らかな光の旅を。

毎年のように、夏の短さは更新するばかり。だから僕は、切り取られた刹那の夏を持ち歩くことにした。僕以外の涙では、決して拭えないような夏を。

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