母の遺言

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 凍えるような戦争が終わって緩やかに日常が戻り、けれども母は戻らなかった。国仕えの身である以上、出征も戦死も予期されたことだとはいえ、骨が灰になるまで守護術を行使したがゆえと言われれば涙に溺れるほかはない。
 役人が遺書を持ってきたのは、ようやく混乱と悲愴と欠落が凪いだ頃合いで、平常心を総動員してそれを受け取った、のだが。
「呪いの書並みに厳重な封印なんだけど」
 学生の僕、料理人の父。当然ながら、国家魔術師の技量には遠く及ばない。やがて、父さんが噴き出した。
「中身は難解な古代語で書いてある、に賭ける」
「賭けになんない」
 つまり、大事なのは遺言の内容じゃない。僕たちはお茶を用意する。茶器とお菓子は三人ぶん。


(300字)

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