アンジェリカの家出

　八回目の家出準備だ。
　服やリボンや靴下、クッキー缶、押し花の栞、匂い袋、日記帳。あるじが憤然と旅行鞄に詰め込むさまを、ルーイは黙って見守る。
　原因はいつも親子喧嘩で、初回の家出は彼女がルーイの処遇について旦那様に反発したのがきっかけだった。怒りで血の気の引いた、冷たい手を覚えている。半日で連れ戻され、二人ともこっぴどく叱られはしたが、幼い体をいっぱいに広げて庇ってくれたこの方に一生付いてゆこうと決めたのだった。
「……案外、入らないものね」
　醒めた声で独りごち、あるじは鞄を放り出した。
「何も諦められないなら、出て行く時じゃないんだわ。子どもっぽいって思う？」
「いえ」
　うんと大人になられましたよ、お嬢様。

（300文字）

「Twitter300字ss」企画参加作品／お題「鞄」