「#創作大賞2024応募作品」❅ルナティックエンメモア Lunatic aime moi -紅紫藍―12.――俺に役割があるのなら喜んで引き受けるさ。
❅12.――俺に役割があるのなら喜んで引き受けるさ。
最近、ミハイルがおかしい。
そう肌で感じ取った違和感はすこしづつ膨らんでいる。
今日は一層顔色が悪かった。
何かあったらすぐに助けてやりたい。
だが、心配したと告げて申し訳なさそうにするミハイルは見たくない。
ミハイルに罪悪感を植え付けることなんかしたくない。
それに口下手な自分がうまく伝えられるとも思わない。
誤解でも生めば億劫だし、一度産み歪んだ軋轢は何より俺には修復は難しいだろう。
だが、何かあってからでは遅い。
どうすればいい?
どうする。
正解がわからない。
どっちをとったところで正解なんかないのかもしれない。
それでも。
辛酸をなめることになっても後悔だけはしたくないから。
「少し覗のぞくくらいなら…。」
何もなければ別に何事なにごともなく去ればいい。
ただ確認のため、この妙に纏りつく不安の芽を摘み取るため。
そう念じながら自室を出て、夜の廊下を進んだ。
ミハイルの部屋に向かう。
幾度か曲がり角を過ぎ幾つかの角を曲がった先、ミハイルの部屋はあった。
その引き戸を音を立てない様にゆっくりと引けば中が見えた。
小さな明かりでもつけているんだろう。
起きているのか?とも思ったが規則的な寝息に寝ていることを悟った。
「明かりをつけて寝るなんてミハイルらしいな。」
それでも、つけたままでは寝にくいだろうとゆっくりと部屋の中に体を滑り込ませてその光源に近づく。
そして、その光源の乗ったテーブルを見て息を飲んだ。
そこには沢山の錠剤や錠剤が入っていただろうPTPシートや瓶、薬のアンプルなどが無造作に置かれ、そしてその空からになったものが沢山散らばっていた。
錠剤の名前からいくつかは俺も知っている吸血抑制剤や血液錠剤であることはわかる。
だが、自分が使っているものよりはるかに強い薬ばかりだ。
おまけにこのアンプル…、噂にしか聞いたことがなかったがたしか薬のブーストの役割をする代物だと聞いたことがある。
「ミハイルに何が起きているんだ?」と一つ一つ散らばった薬たちを物色していると、
「なにしてるの。」
急に耳元で問われた声に驚いて後ろを振り返る。
そこにはただ佇むミハイル。
そう、ミハイルのはずなのに。
「なにしてるの。」
再度ミハイルが俺に問う。
その声は普段のミハイルからは想像もつかないほど平坦で色がなく地を這うようだ。それなのに、顔は真顔で淡々と問うてくるその様はどこか得体のしれない恐怖を連れてくる。
俺の思考の全てが“危険”だ、と警鐘を鳴らしている。
“アンタはいったい誰だ”そう問いたくなるのを抑えてゆっくりと息を吸う。
俺はミハイルを見に来た。それだけ。
他に何があろうと関係ない。
ゆっくり近づいてくるミハイルに「最近、昼寝の合間魘うなされてるから気になった。気になったから見に来た。ただ、それだけだ。」そう答えれば
「そう。」とだけ言ってベットに戻っていった。
ベットに辿たどりついてこちらを向いてそこに座った時にはもういつものミハイルの顔をしていて
「ごめん。気を使わせた。」としょんぼりしている。
勝手に来ておいて知る覚悟があまかった。いざなにかあった時に助けたいとここへ来たはずだった。
それが、実際どうだ。このていたらくぶりはなんだ。
ミハイルに何があろうとミハイルはミハイルだと言ったにもかかわらずこんな有様で狼狽える自分が嫌になる。
「別にアンタが気負う事じゃない。俺が勝手にやっただけだ。」
―――悟らせるな絶対に。
「それ、気持ち悪いの見せてごめん。」
ミハイルは目を伏せて俺をみようとはしない。
「いや、俺こそ勝手に見て悪かった。」
出会って初めてこんないたたまれないような居心地の悪さを知った。
「最近、落ち着かなくてさ。…上手く眠れないんだ。」
「この薬は僕が僕であるために必要な薬。こんな量、気持ち悪いでしょ。」
「別に。少し驚いただけ、だ。」、「それより、体は大丈夫なんだろうな?」
「まぁ…。」
「ごまかすな。」
「いや、なんていうか…。量はあれだけど薬を飲んでるから悪くなってるんじゃなくて薬で僕の中身を釣り合わせてるんだ。」
「釣り合わせてる?」
「多分最近、自分の中の紫月の力が釣り合ってないせいで自我を保ちにくくなっているんだよね。」
「それが、さっきのってわけか。」
「うん、あれは半分くらいだけど。」
「そうか。それ、俺に出来ることはないのか。」
ミハイルは少し悩むように視線を上に彷徨わせたあと後頭部を掻きながら俺をみて
「うーん。あ、でもサマエルに声を掛けられてから戻ってきたかも。」なんて笑った。
それなら。
「なら、俺がミハイルを連れ戻す。」
宣言した俺にミハイルは驚き困った顔をしつつもその提案を受け入れてくれた。
ミハイルの部屋をあとにするため、行きは慎重に開いた扉にぐっと力を掛かけてひく。
――俺に役割があるのなら喜んで引き受けるさ。
呟いた声はミハイルに届いているのか。
扉を閉める直前に見えたミハイルは眉根を寄せて泣いたように笑っていた。
――≪やってやるよ、なんだって。ミハイル、おまえのためなら。≫
完全に閉まった扉に向けて小さく告げてやった。
振り切るように強く踏み出した一歩がサマエルの心を覆い隠かくした。
いまのままでは足りない。
もっと強く。
守れるくらい。
そう、護り切れるくらい。
たとえ、傷つけても。
※この作品の初稿は2022年9月よりpixivにて途中まで投稿しています。
その作品を改定推敲加筆し続編連載再開としてこちらに投稿しています。
その他詳細はリットリンクにて。
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