魔法人形は、異世界で少女の夢を視る。/終
【エピローグ 虹の尻尾とともに・・・】
扉を叩き壊さん勢いで繰り返されるノック音。
人形が眠りに堕ちて、月と陽と夜の巡り経て現れる者のことを魔女は知っていた。
気質や性質についても幾ばくかの知識はあった。
―――が、これほど激しいものとは―――、魔女にも思い至らなかった。
古い樫の扉は蹴破られて、仁王立ちで誇る姿に魔女はため息を漏らした。
曰く、野蛮なる狼藉者は魔女の弟子となることを強く希望した。
追い返そうにも、帰らない。
頑固で我儘。おまけに魔術の才が突出している。
ぞんざいを自覚する魔女でさえも、放置することの害を思い知らされる。
弟子にする条件にこき使おうとも堪えない。
整理整頓は得意なようだ。
簡単な秘術を、勝手に改変しては片端から試していく魔術に向いた志向の持ち主だ。
家を壊された数は言及にも値しない。
魔女は、優秀で扱いにくい弟子を卒業させる。
弟子は証を求めた。
魔女も好きなものを与えることを約束した。
一礼してから、弟子は迷わずに物置になっている部屋に駆け込んだ。
棚の下段に足をかけ上り、古びた化粧箱を手に取った。
魔女はなにも語らずに、箱の所有権を放棄した。
※
愛する彼女は、いつも眠りの中で名を呼んでくれる。
彼女がくれた素敵な名前を、耳元で囁いた。
伯爵の妻ではなく、三人の子の母でもない。
亜麻色の髪をひと束ねにした少女の姿。
清楚で可憐。
温暖な気候に咲く野花のように笑う少女。
―――イオ、イオ―――。
夢の中で呼びかけに応じることはできない。
彼女が握ってくれた手を握り返すことすらできない。
頭を撫でるぎこちなさ、髪をよじる癖。
頬擦りしたり、胸をまさぐったり、スカートをめくったり……。
マリーはそんなことしない!
―――イオ、イオ、イオイオイオイオイオ、イオーイッ!!―――
い、いおーい!?
マリーはそんな言葉づかいじゃない!
なんだ、私の夢が壊れていく!
―――寝坊助。こうなったら荒療治よ! 起っきろー!―――
意識が熱と電気を伴い流れ込む。
あの時と同じだ。
魔女によって繋がれた、契約の魔術!?
熱い杭が胸に撃ち込まれた。
記憶が溢れる。
マリーとの出会い。
マリーに告白されたこと。
マリーが結婚したこと。
マリーが出産して、お母さんになったこと。
娘にユリーシャと名付けて、私のことを紹介してくれたこと。
ユリーシャ。
生前の私が大切にしていた人形(ドール)の名前を継いだ娘。
マリーの大切にしていたビスクドールの名前を継いだ娘。
ユリーシャは、確かに私とマリーの娘だった。
「イィィィオォォォォーッ!」
『うるさーい!』
強引に晴らされた闇に慣れていた眼は、金の髪色が反射する陽光に焼かれる。
相手は荒っぽい手つきで箱から私を取り出して、手加減なしで抱しめ唇を押し付けた。
『やめろヘンタイ馬鹿チカン!』
鼻の頭を思いっきり叩いて撃退したのは、愛しい人の面影を色濃く再現した美しい少女だ。
「やっと見つけたよ! 勝手にいなくなって、探したんだからね。凄くすぅーっごく探したんだから!」
亜麻色の髪。開かれた窓からの陽光が蜂蜜色に染め上げる。
「社交界って案外性に合わなくてさ。だったら魔女の弟子にでもなろうと思ってみたのよね。お母様の日記に場所とか書いてあったし、イオとのことも知ったからさ、ここ以外にいないと名推理したわけよ」
誰だかわからないのに、私はこの子を知っている!?
「もう勝手にいなくなったら嫌だからね。ママ」
乱暴に抱き上げられ、頬ずりされ、キスで顔中をべたべたにされて、私は叫ぶ許可を取り戻した。
『ユリーシャちゃん!』
「あたり! さあママ。ママはもうユリーのものなんだからね! 契約で縛ったから逃げられないわよ! 魔力(マナ)はたっぷりと注いであげるから、、、」
ぎゅっ!
手加減抜きの抱擁気味に、お転婆娘が囁いた。
「もう、いなくなっちゃ嫌だからね」
『うん』
※
魔女の呆気にとられた顔で見送られたお転婆娘は、肩にしがみつく魔法人形を気に留めることなく箒に跨って、天上から下界へ飛び降りた。
轟音と、白光と、悲鳴を上げながら、
箒は虹を残して、空の彼方へ消えていく。
守護者たる魔女が守る領民たちは、それが魔女の新しい奇跡だと思いこむ。虹が消えるまで恭しく首を垂れていた。
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