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美談になってない。職人に技術で妥協させたのを見せないでほしい。



滋賀県にある、戦国時代から続く石垣職人の末裔だという小さな建築屋の親方が、世界的時計メーカーの新社屋に城みたいなものを作ってくれという依頼を受けて米国迄行った時のドキュメントを見て、すごく悲しい気持ちになりました。


その前の段階で、これまで一族がどんな城に関わって現代までちゃんと残ってるよとか、技術がいかにすごいかとかをキッチリ紹介していましてこれがまたすごいんです。

例えば材料となる石を選別する段階ですでに脳内でパズルのように組み方が完成していて、いざ現場にもっていったらもう殆ど削らなくてもピッタリと収まるとか、まあそういう神業的職人芸があるから外国人に認められてやるんだよみたいな流れなんですよ。



さて、家族や子供をどうするか困ったなあとか日本の仕事もしばらくお休みでどうするかとか、色々な葛藤やらなんやらもありつつもようやく決心して、米国へ出発。

ある程度完成している建築中のビルの最外周部にお城のような石垣を組んでくれという依頼なのですが、いざ現地に行ってみたらこれがもうひどくて。

やれ組んでいいスペースは厚みがこれしかないとか、それじゃ組めないからあと何cmだけくれとか、石の選定はやらずにそこにある材料で作れとか、それじゃ現地で削るしか無いじゃんとか。

作業員は全員移民みたいな方々ばっかりでとうまくコミュニケーションも取れないし、日本の職人と違って石に対する基礎知識もないとかもうめちゃくちゃで。

なんとか、その中でもリーダシップを発揮した気合と情熱のある作業員を見方にして、仕方なくそれらしきものを完成させたんですけど、まあ各工程各工程で親方が明らかに納得いってない表情だったんですよね。

あれは悲しかったですね。


でも日本マニアの甲冑コレクタだという依頼主、戦国時代のサムライに憧れてカタナや具足を買い集めてる米国人。

彼はもうこれぞ本物のJAPANの城みたいだ。すばらしい。やはり親方さんに頼んでよかったとか絶賛なの。


もちろん親方も悪い顔はせずに半年だか一年頑張ってくれた作業者に最後にピザを振舞ったりして

最終的には良い話みたい形で終わったんです。





いやもうね、観てられなかったですね。


あれTVでやらないほうが良かったと思うんです。

困難を乗り越えて……完成しました。さすが日本の技術!みたいな典型的プロジェクトXにしたかったのだろうけどあれはダメですよ。


職人さんに技術の部分で折れてもらったのを見せられるのはなかなか辛いものがありますよ。

こんなんで出来るか!ワシの思い通りに出来んのやったら日本に帰るわ!

ってやってもよかったんでしょうけど。

建築家や設計士さんや仲介してくれた人、クライアントの日本マニアの米国人の顔に泥も濡れないし。

すごい葛藤と悲しみがね、言葉には出て無くてもわかりましたよ。さすが日本人って悪い意味で思っちゃいましたよ。耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んじゃって。

戦国時代みたいにこの条件で作れなかったら斬首とかならまだしも、現代の文明社会ですからね。


どんな状況でも結果出すのがプロって外野が言うのは簡単だけど。

あれじゃあ別にうちに頼まんでもええやろって思ったんじゃないですかね。

観てるこっちはちょっと思いましたよ。


材料とか労働者とかそのあたりはまあ仕方ないとも思いますが、スペースですとか工法の部分って事前に打ち合わせやすり合わせなかったんですかね。

設計されたのは世界的な建築家の方なので、当然あった上で米国の建築の法律とか基準で仕方なくああなってしまったんですかね。真相はわかりませんけど。

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とはいえ、どんな形や過程であっても”戦国時代から続く職人集団が組んだ石垣”であることに変わりはないわけです。

その事実だけはあの映像が風化したあとも、今後10年20年30年の歴史に残り続けるでしょう。


きっと親方の次の代になって、その次の代になっても。



良いお話として。







おしまい

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