激務の先輩with暇な私
予約表は先輩の名前で真っ黒だった。
私は新人トリマーで、先輩は10年選手のベテラントリマー。
悔しい気持ちもあったが、予約表の名前を見ると
当たり前だなと思った。
ずっと先輩が担当している、ワンちゃんばかりだった。
急に担当者が変わるのは、その子にとっても良くない。
背後から先輩の大きな、ため息が聞こえた。
トリマーは休憩をとる時間もほとんどなく
お給料も安い。はっきり言って激務だ。
ため息をつきたくなる気持ちも分かる。
その上、今日は私と先輩の2人しかいない。
何とか、お店を回さなければいけない。
ペットショップに、トリミングサロンも併設されている店舗だった。
よく、ホームセンターの中にあるような店を想像して欲しい。
ペットショップは、横長の部屋で端と端に扉があった。
しかし、鍵を掛けて出入り口を一つにしていた。
たまにいる、フレンドリーすぎるお客様が奥の扉から勝手に入ってくるからだ。
お店の作りは、左からトリミング室、受付、ペットショップの並びだった。
トリミング室と、ペットショップは完全に別室で、ペットショップの店内に休憩室があった。正直、休憩室とは呼べない物置みたいな小さい部屋だった。
その日先輩とは対照的に、暇な私は洗濯物を回したり
ペットショップの子犬や子猫のお世話をしていた。
洗濯物は、ペットショップ内に干していた。
エアコンが四六時中稼働しているため、外に干すよりも早く乾くのだ。
大量の洗濯物を干して終えて、一息ついた頃だった。
ペットショップの扉が、ガチャっと開く音がした。
先輩だった。
時間は既に、14時を回っていた。
やっと休憩に入れたんだなと思い
「お疲れ様です」と声をかけたが、無視をされた。
俯いた先輩は、無言のまま休憩室に入っていった。
普段は無視なんて絶対しない先輩である。
何なら、挨拶1番って感じの先輩だった。
よっぽど疲れているようだった。
1時間ほど経っても、休憩室から出てこない。
相当疲れているらしい、そっとしておこう。
機嫌が悪いのかもしれない、下手なこと言って怒られたくないな
まぁ、次の予約の子が来たら、声を掛ければいいや。
ペットショップの扉が、ガチャっと開く音がした。
先輩が入ってきた。
「いや〜疲れたわ。ポチ君の飼い主さん来たらリード渡してね〜
休憩入るわ〜」
一瞬、思考が固まった。
吐き出す声が震えた。
「え、さっき先輩来ませんでしたか?休憩室に入りましたよね???」
先輩は眉間に皺を寄せて、尖った声で捲し立てた。
「変なこと言うのやめてよ!こっちの部屋には一度もきてないよ!怖いんだけど!」
先輩は恐怖を誤魔化すために、声を荒らげあたりを落ち着きなく見渡していた。
本物の先輩が休憩室の扉を開けると、そこには誰もいなかった。
怒ったまま、先輩は休憩に入った。
きっと激務の先輩のは、心底休憩に入りたかったのだろう。
私は、やっぱり怒られてしまったな、余計なこと言うもんじゃないなって思った。
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