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人並みにサウナが好き

スーパーでトリスハイボールを手にとろうとしていた。
今日の予定は家で軽く何か作って、何を煮るかは決めてないけど、何かを煮込んでる間にお風呂に入って髪の毛をセルフカラーしようとしていた。
ロングの時は無理だったけど、この長さだとセルフでもムラなく簡単に染められてしまうのだ。
目が極端に大きい女の子のお人形の写真が使われている染め粉の箱が、無造作にエコバッグの中に詰め込まれている。高校生の頃は良くお世話になりました。三十路になり舞い戻ってまいりました。

何を煮よう、煮る、ニル、niru…と大して何も考えてないことを考えながら、お行儀よく並べられているトリスハイボールの軍列を乱したところで手に持っていたスマホが震えた。

「かほたん、なにちてる?」

まゆちゃんだった。
まゆちゃんは隣駅に住む、いきなり遊びに誘ってくれるアースエンジェルである。基本的にこのお伺いの目的はひとつだ。

「ひまだy」

くらいまで打ち込んだところで次に電話が鳴った。

「サウナ行こお、というお誘いなんだけど」

野菜と鶏肉を適当な調味料で煮込んだ鍋を想像していたけど、狭いサウナで蒸し焼きにされてるわたしとまゆちゃんに脳内が切り替わった。

とりあえずハイボールだけ買って、家に荷物を置いて、バスでサウナに向かった。

サウナが好きかと聞かれると、「人並みに好き」なんだと思う。
八王子にいた頃は、近くに銭湯がなかったのでサウナもほとんど入ったことが無かったサウナビギナーである。
都会に引っ越してきてから、都会には近所に銭湯がたくさんあることを知った。そして若い女の子(こう書くとお年寄りみたいだけど)はサウナ好きが多いことも知った。

そしてサウナの良さを教えてくれた内のひとりが今から登場するまゆちゃんである。

わたしたちはいつも銭湯の前で待ち合わせする。私はこれが結構好きなのだ。サウナに行くために待ち合わせするのって、若者っぽくもありおばあちゃんみたいでもある。

銭湯の前の自販でポカリを買って、靴箱に靴を入れる。番台のおじさんはいつも不愛想で、お金を入れると動くロボットのようだ。
おじさんにコインを投入して、機械仕掛けにタオルを受け取る。

ポイポイと服を脱ぎ捨てていると、当たり前なんだけど周りの人もみんな裸になっている。
自分もなんだけど、「みんな裸だ〜」と思う。
逆に、温泉のあと外を歩くと、「裸の女の子が服を着て歩いてはるわ」と当たり前かつ思春期の少年のようなことを考えてしまう。

体を清めて、まずは湯船に身体を沈める。
何人かが浴槽に入っていると、いつも千と千尋と神隠しのひよこの神様を思い出す(オオトリ様というらしい)。

そしていくらかあったまったところで、いざ赤道直下へ足を踏み入れる。

この銭湯はいつも空いているし民度が高い。
サウナに場所取りしてる人もいなければ、大声で話す人もいない。というか、まゆちゃん以外の人とサウナでご一緒した記憶がない。

いつも二人しかいないので、最近あったことを二言三言くらい話す。

まゆちゃんはとても聞き上手だ。わたしがひっちゃかめっちゃなことを話しても、とりあえず肯定してくれる。私だったら「ハッ⁉️ナニイッチャッテンノ⁉️」と、大否定から入るところをまゆちゃんは受け止めてくれるのだ。さすがアースエンジェル…

サウナとはスプラッシュマウンテンに似てると思う。
一時の快楽のために、頂点に近づくドキドキをじんわりと味わう(ドキドキ違いかもしれないけど)。汗もかく(汗の種類は違うけども)。

10分くらい蒸し焼きにされたところで、全身に水をかぶって水風呂にソロリソロリと入水した。
だんだんと深くなっていく階段は、まるで天国へのカウントダウンだった。


首まで水風呂に使ったところで変な夢を見たような気がした。

水風呂の浴槽のタイルってほとんど水色だよなあ、これが赤だったらもう少し冷たくない気がする……トイレの男女マークも、ほとんどの人が色で区別してるっていうじゃないか、かき氷だって………………


といううわ言を残して、一瞬黄泉の国にトリップした。水風呂がぬるかったらそれはそれで文句を言うくせに。

まゆちゃんが水風呂から出る水面の動きで猛烈に目が覚めた。

ここの銭湯には外気浴スペースがある。

「整った…」

と思わず口から出たけど、
「コレが整ったってコト!?今私整ってる!?」と、正直私の心のサウナビギナーが騒いでいる。多分これが整いなんだけと思ってるけど、誰かに私の身体と変わってもらうことは難しい。
どれだけ口で説明しても、自分の体に起きている感覚を完全に説明するのは不可能だ。
だから誰かに、「うん!これが整ってるという感覚だよ!」と整い認定をもらうことは一生叶わない。

ふと目だけで横を見ると、まゆちゃんが目を閉じて整っていた。
こんなに可愛いグラビアアイドルと、二人全裸で外気に晒されてるなんて不思議な感覚である。そしてとても贅沢な気分である。

露天スペースは空高く、星がよく見えた。
冬も中頃に差し掛かったが、まだまだ春は顔を出さなさそうな気温だ。

きめ細かいまゆちゃんの肌が白いライトに照らされて、夢うつつのわたしには、隣に天女がいるように見えた。

「マユチャン…カホ、イマトテモシアワセ…キョウノコト、ノートニカキタイ…」


ぼんやりする頭の中、まゆちゃんの笑顔に、完全に整ったような気がした。


おしまい

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