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「一度は行きたいあの場所」ワインレッドに包まれながら、幸せのベルを鳴らしたい

 昔から、ドレスに強いあこがれがある。というより、子どもの頃はむしろお姫様にあこがれていたのかもしれない。自分に似合うドレスを着ている人は魅力的だといつも思う。

 私もいつか、大切な日にとびっきりのドレスを着たい。そんな幼い頃からの夢は昨年めでたく実現した。

 大学の卒業式。日本では羽織袴で出席する人が多いように、カナダではドレスを着て式に参加する人が多い。もちろん和服も素敵だ。京都で十二単を着た時にはだいぶテンションが上がった。でも、ドレスを着て参加する卒業式というのはそれ以上のワクワクがあった。華やかなドレス姿で、ガウンをまとって、角帽をかぶってステージに上がる。これは私にとってはあくまで本や映画の中の世界で、自分がそんな環境にいられるなんて想像もしていなかった。長年の夢が実現できる最高の記念日。バンクーバーで通っていた短大の卒業とコロナによるロックダウンがもろ同じ時期で式が中止になったこともあり、この大学で迎える卒業式にはそういう特別な思い入れもあった。

 レースの生地でできた優しいピンク色、ボリュームのあるフワっとしたものではなくシンプルでスラっとした、でもタイト過ぎないデザイン、前より後ろの方が若干長くて、ハイヒールを履いたらギリギリ地面に付かないタイプのドレス。ピンクベージュにゴールドのストラップがあしらわれたヒールと、ホームステイキッズがクリスマスにプレゼントしてくれたシャンパンボトルの形をしたシャンパンゴールドのピアスを合わせたい。そんなイメージが、式の半年ほど前から自分の中にはっきりあった。

 でも、実際にお気に入りのドレスを見つけるというのは思ったより簡単なことではなかった。昨年は長いこと日本にいたので、実家県内にあるドレスショップを訪ねたりしたが、私の体に合って、色も形も気に入って、というパーフェクトドレスにはなかなか出会えなかった。

 それでも諦めたくなくて、ギリギリまで着たいドレスを探した。人生結構遠回りして、27歳でようやく大学を卒業できる、超大事な転換期というか、そういう思いが強かったのもあると思う。

 そしてそんな私のわがままを、母は最後まで聞いてくれた。コスメ業界の最前線で働く彼女の洋服のサーチングスキルはとにかくすごかった。たぶん県内のお店を探しても、かほが着たいドレスは見つからないからと、オンラインのドレスショップを見て回り、良さげなものを実家に届けてもらい、フィットしないものは返品して、という作業を何度か約3か月繰り返した。そしてついに、これだ!と思うイメージ通りのものが見つかった。最後まで付き合ってくれた母には本当に感謝だ。

 お気に入りのドレスを着て臨んだ卒業式はとてもいいおもいでになった。長年抱いていたドレスへの憧れが実現してすごく満たされた気持ちだ。そして、その後大学院に進学した私には今、ドレスにまつわる新たな夢ができた。

 先日、今年の6月に高校の卒業式を控えるホストシスターのドレスフィッティングに同行させてもらった。なんでも、同じ店で同じ学校の生徒が同じドレスを選ぶことがないよう、一人がドレスを選んだ時点で店側がその人の学校の名前を記録し、もうそのドレスは同じ学校の生徒には占いというのがデフォルトのシステムになっているようで、早くしないと選択肢がどんどんなくなるのよと彼女は教えてくれた。なるほど。

 カナダでドレスを選ぶというのはちょっとしたイベントごとで、家族とか友達とかその人の信頼している人たちをお店に呼び、何ならその日来られない人たちとはリモートでビデオ通話したりしながら、みんなでその人のドレス選びを見守る。Netflixの恋愛リアリティーショーで、結婚式を控えたキャストがシャンパンとか開けながら大切な人たちとドレスを選ぶシーンが好きなのだが、それと似たような光景がそこにはあった。

 みんな、自分の好みとかも多少はいうのだけれど、基本はその人の好みを引き出し、その人のチョイスを全力でサポートする。いくつかのドレスで迷っている時には決断を急がせたりせずにいつまででも待つよと励まし、時には一晩考えさせてくださいとお店の人と交渉したりもする。そして、これだ!と思ったドレスに出会ったら、その人はそのドレスを着てお店の真ん中に立ち、担当してくれた店員さんと向き合う。「Do you say yes to this dress?」「Yes!」というやり取りのあと、その人はそのドレスとともに自分の幸せを願ってベルを鳴らす。もともとはウェディングドレスを着た花嫁が結婚後の幸せを願ってベルを鳴らすのが伝統だったらしいが、このお店では自分のためのドレスを選んだ全ての人がベルを鳴らせるようになっている。そのベルを合図にオーディエンスは拍手喝采、とても感動的な光景だった。

 だいたい、そのあとドレスはその人の体に合わせたカスタマイズがされるので、実際にドレスを持って帰れるのは数か月先になるようだが、その時見たホームステイシスターのはじける笑顔とか、友達とハグしながら「やっと卒業までたどり着いたね」って言い合う暖かさとか、彼女のママの感極まった感じとか、たぶんずっと忘れない。あーこれが大切な日を迎える準備なんだな、ドレスフィッティングって、ドレスそのものを選ぶ以上の意味があるんだなと、とても幸せな気持ちになった。

 一度は行きたいあの場所。私も、大学院を卒業する時はこういうお店でドレスを選びたい。カナダにいる大切な人たちを呼んで、日本にいる大切な人たちとリモートで繋がって、自分の大切な瞬間を見守ってほしいと思った。次はどんなドレスを着よう。ブラッドオレンジ、レモンイエロー、外国っぽい華やかな色がいいな。そうだ、ワインレッドが素敵かもしれない。

 そして、お気に入りのドレスに身を包み、幸せのベルを鳴らしたい。ここまで頑張ってきた自分へのお祝いと、またここから頑張っていく自分へのエールと、私を支えてくれている人たちへの感謝の気持ちを込めて。そんな夢を見ながら、明日からまた頑張っていく。近い将来、新たなお気に入りのドレスとともにこのエッセーを読み返せることを願って。

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