お風呂屋さん「ぶくぶく」
「ぶくぶく」は町一番のお風呂屋さんで、中でも泡風呂は毎日大賑わいだ。
午後4時を回る頃、今日もお客さんがお気に入りのお風呂セットを手にやってくる。小さい子はお母さんと一緒に、少し大きい子たちは友達同士で。そう、子どもたちがとっても多い。
お母さん達はいつも不思議。なぜなら子ども達に、「今日のお風呂はお風呂屋さんで」というと、決まって「ぶくぶくに行く!」という。泡風呂のあるお風呂屋さんは、その街に他にも3件くらいあるし、ぶくぶくの浴槽よりも広いところだってある。けれど、子どもたちが行きたいというのはいつもぶくぶくだ。
さて、ぶくぶくの暖簾をくぐった子どもたち、お母さんの手を離して脱衣所へまっしぐら。すぐさま服を脱ぎ棄て、生まれたときと同じすっぽんぽんになる。脱いだ服をたたむのなんて知らんぷり。うっかりパンツを脱ぎ忘れそうな子もいるほどだ。
ぶくぶくのお風呂はちょっと変わっている。それは大人の女と男、そして子ども用と三か所に分けられているのだ。大人たちが子ども用のお風呂に入ることは禁止されている。初めて子どもを連れてくる大人たちは、ちょっと心配顔だけれど、ここの子ども用お風呂には見守り隊がいるから安心のよう。そして何より、一度ここに来ると子どもたちはもう虜になってしまうのだ。
子どもたちがお風呂場にやってくると、まずは洗い場の見守り隊員に挨拶をする。そして子どもたちはしっかりと体を清潔にして浴槽に向かう。しっかり洗えていない子がいると、見守り隊員が「ここをちゃんと洗えていないよ」と言って、手に持っているスポンジで泡をくっつけてくる。そうすると、子どもたちはまた自分のタオルやブラシを使って洗いなおすのだ。
頭から爪の間まで、ぴかぴかになった子どもたちは滑らないように気を付けながら急いで泡風呂へ。そこにも見守り隊員が二人立っている。この隊員たちが、実はこのぶくぶくの人気の秘密なのだ。
「じゃあ、ピンクのタオルの女の子!何がいい?」そう指名された女の子は、ぱあっと嬉しそうな笑顔になって「えっと、えっと、キリンさん!」と元気よく答える。すると、「お安い御用だ。よし、キリンさん、キリンさん」と、泡風呂の泡を両手でひとすくい。泡風呂につかるその女の子と他の子どもたちは、見守り隊員の両手に大注目している。そして次の瞬間、彼の手の中から何かがぴょこんと飛び出した。それは、女の子がお願いしたキリン。もこもこの泡のキリンは当然のように、女の子のもとへと泡の草原を駆けていき、女の子の手の上に乗って長ーいクビを下げてご挨拶。
「次は、そこの青のシャワーキャップのきみ、何がいい?」と次に指名された男の子は、うーんうーんと悩みつつ、「ドラゴン、ドラゴンがいい!」とお願いした。「ドラゴンかあ、オッケーやってみよう」と見守り隊員がまた泡を両手でひとすくい。子どもたちも手に視線を向けて、ドラゴンが飛び出すのを今か今かと見守る。キリンよりもちょっと難しいらしく、時間がかかる。ドラゴンは羽があるし、火を吐くから。もちろん泡で作るから、吐くのは泡だけれど、それでも難しいことには変わらない。そして、最初に泡風呂に入りに来た子たちが「のぼせるしもう出ようかな」と立ち上がった瞬間。「あ、できたできた」と言った見守り隊員の手から、体に対してだいぶ小さな羽を付けたドラゴンがぴゅーんと飛び出した。子どもたちはそれを見て大喜び。ドラゴンをお願いした男の子は大興奮。小さな羽をパタパタさせて近くにやって来たドラゴンは、男の子の頭の上にとまってまるで地球一周してきたかのように疲れてしまったよう。大きな羽だったらそんなに疲れないでしょうけど、仕方ない。見守り隊員もドラゴンを作るのは初めてだったから。
これが、お風呂屋さんぶくぶくの人気の秘密。子どもたちだけの夢の泡風呂だから大人たちは入れない。ここに通っていたかつて子どもだった大人たちは、残念ながらいつの間にか忘れてしまう人がほとんどだ。覚えている人たちは、見守り隊員にその魔法を教えてもらった新しい見守り隊員たちだけ。子どものころの不思議なできごとは、とっても特別なものなのだ。
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