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ひじきかんごふさん

この夏のはじめの話。

勤務中、突然の目眩におそわれた。からだが震え、冷や汗があふれ、机から動けなくなって。それまでにない異常だった。

職場の人が運転する車で、急きょ病院に駆け込んだ。後部座席で横になり、ひどい息切れをしながら流れる景色を眺めた。雲がきれいだった。

事前連絡していたので、到着すると早速ストレッチャーに乗せられた。そのとき、三人の看護師さんがきたのだが、そのなかで一番ベテランの方が、私をみるなり、驚いたように言った。

「よしゆきくんだどれ」

だどれ、は、私の住む地域の方言で「~じゃないの」くらいの意味。

私が五歳の時、脊髄損傷の手術と治療で入院した当時、小児科に勤務していた「ひきちかんごふさん」だった。

すぐ処置室に運ばれた。検査の結果、脱水症をおこしていた。血圧も普段の半分くらい。新しく処方されていた新薬の効能がですぎたらしかった。

点滴を二本ゆっくりめに受け、体調が回復したのは、夕方近くだった。なんとか起き上がり、車いすに乗ると、「ひきちかんごふさん」がそばにきた。

「顔みてすぐわがったっけよ、よしゆきくんだって」

点滴中、私も思い出していた。小児科にいた頃「ひきち」という名前を発音するのがむずかしく、一度「ひじきかんごふさん」と呼んだことを。車いすで病棟を走り、注意されたことも。

「もう、よしゆきくん、て呼んでくれるひとも少なくなったので、なんかてれくさいです」

「ひきちかんごふさん」も、主治医も、他の看護師さんも、私も、みんな笑ってしまった。



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