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逆上がり

まだ歩けた頃の話。

保育園で、これから鉄棒で逆上がりをしましょう、と先生に言われ、みんな庭に出た。逆上がりができた子からおやつにしますからね、と。

そのとき、まだ私は逆上がりができなかった。まず前回りでからだをならしてから、手を持ち替え、思い切り足を蹴りあげた。

でも、何度繰り返しても、脚は棒に巻きつかなかった。背中から落ちそうな気がして、どうしても思いきれなかった。

まわりの子達は次々にこなしていった。「できたよー」「よくできました、おやつ食べてきて」「うん」そんな会話に、あせりがつのった。

だいぶ人数がへっていった。このままじゃ、ひとりになる。隣でおなじようになかなかできなかった女の子が、ついにくるり、ときれいにまわった。やった、と、先生のもとへ向かう。

そのとき、あることを思いついた。女の子は逆上がりをこなすのに夢中で、私ができていないのに気づいていなかった。

私は鉄棒からはなれ、女の子の少し後ろをついていった。

「できた!」女の子が先生に言った。「やったね、あ、よしゆきくんもできたの?」

「…うん」


それからまもなく、私は車いすの身になった。

逆上がりでみえる景色は、この瞳にどう映ったのだろうか。

もう、みることはかなわない。

そのかわりを、ずっと探し続けている。



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