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いのちの削ぎ落とし

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短編、掌編小説など。
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2021年10月の記事一覧

掌編「カッシアリタ」 朝の人間観察

掌編「カッシアリタ」 朝の人間観察

 休日の朝の街にはまだ、昨夜の喧騒の余韻が残っていた。
 かすかに漂うアルコールの残り香。焼き魚や揚げ物の脂のにおい。道端に転がる煙草の吸い殻や紙くず、ビールの空き缶。例の疫病がとりあえず鳴りをひそめてから、あたしや男の住む街の繁華街も、少しずつだが夜の活気を取り戻していた。
 人通りのほとんどない道ばたに、あたしと男は車いすを並べ、ガードレールに背をあずけ、ぼんやりとたたずんでいた。今朝はよく晴

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掌編「カッシアリタ」 祈り

掌編「カッシアリタ」 祈り

 膨れに膨れた薬袋を携えて病院から帰った後、くたびれ果て、床に溶けるみたいに眠った。西日に瞼を突き刺さされて目覚めると、部屋にリタの姿はなかった。
 トイレにでもいるのか、とドアをノックしたが返事がない。リタの室内用車いすはからっぽ。よくよく見ると外出用の車いすもなくなっている。
 携帯に電話してみる。すると近くから耳に馴染んだ曲が流れてきた。
 リタが少し前に動画サイトで見つけた「鹿のように」と

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