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【小説】いつか扉が閉まる時 3年生・秋・文化祭まで(5)

 私は残った園田君に「田辺先生は来てくれてない?準備は大丈夫なの?」と聞いた。

 園田君は私とあまり話をしたことがないせいか、緊張するようにこちらを見上げた。

「田辺先生は来てません。準備は…値段付けとか、本を並べたりはこれまでの資料を見て何とかできましたが、去年の写真にあった掲示物が見つからなくて。
 新しく書こうと思ったんですけど、僕たち字がうまくなくて」

「それは捨ててないから、あるはずだよ。去年のを使いまわせばいいよ」 

「多良先生が、探したけど無かったって言うから」

「片付けたところ覚えているから、確認してくるよ」

「じゃあ、僕も行きます。場所を知りたいから」と園田君は、教室にいる男子に「ちょっと図書館に行ってくる」と声をかけた。

 私たちは図書館に向かった。

 司書室の電気は点いている。図書館の扉も鍵はかかっていなかった。

 司書室を見ると、多良先生が若い男性の先生とお茶を飲んでいた。楽しい話をしているのか笑い声が漏れていた。

 比べてはいけないのはわかっているが、藤井先生は図書委員の準備の様子をたまに見に来てくれてたけど。

 私は司書室をノックする。

 多良先生は私を見てかすかに嫌そうな顔をしたが、立ち上がってやってきた。

「なあに?」

「去年文化祭で使った資料を探しに来ました」

 多良先生は私の後ろにいる園田君に「無いって言ったでしょ」と感情がこもらない声で言う。

「多分書庫にあるので、入っていいですか?」と私は多良先生を見下ろす。

 どうやら私はここにいるメンバーの中では背が高いらしい。

「そうなの?」

 書庫は奥にあって司書室からしか入れない。

 多良先生は「どうぞ」とドアを大きく開けてくれた。

 男性の先生は「じゃあ、自分はこれで」と入れ替わるように出て行く。

 生徒だけでなく先生たちも結構走り回っているのに、とちょっと意地悪な気持ちになったが、きっとこの先生も他では忙しくてここで一息ついていただけなんだ。
 そう思うことにした。

 私と園田君は司書室を横切って書庫に入る。

 さらに奥の方に行き、去年はここに入れたはずと見当をつけてキャビネットを開けると、やはり入っていた。

 園田君は「こんなところにあったんですね」とホッとしたように言う。

 古本は去年の売れ残りが棚に置かれていたのでわかりやすかったが、掲示物は別のところに片付けていたのだ。

 書庫のこんな奥なら、森本先生も気がつかなかっただろう。

 書庫は広く、キャビネットや棚もたくさんある。知らない人にはわかりにくいかもしれない、と多良先生についても悪い方向に考えないよう努める。

 私は折り紙で作った飾りの入った段ボール箱も幾つか見つけて、園田君に見せた。

「こんなのもあったんですね。あの部屋、見栄えしなくてどうしようかと思ってたんですよ。人手が足りないから何か作るのも間に合わなそうで」

 私たちは段ボールと掲示物を手にいっぱい抱えた。

 多良先生はそんな私たちを興味なさそうに見ていた。

「失礼します」と部屋を出る時も、特に何も声をかけられなかった。





 図書委員会ブースに戻ると誰もいなかったので、園田君と私で掲示物を貼って色々と飾り付けをした。

 そのうち、野上君が戻ってきた。

 私を見て「やっぱりクラスボックスに呼び出し状が入りっぱなしだったので、手分けして本人に渡しに行ってるところです。今日はもう来なくていいけど、あさっては来てもらわないと困るから」と報告してくれた。

「あさって?明日の校内展示はしないの?」

「呼び出しが機能してなくてこれまで人があまり集まらなかったので。一般公開はしないといけないけど、校内だけなら見送ろうかって多良先生が…」

 私は後悔した。

 もっと前から図書委員たちの様子を見てあげたらよかった。

 頼まれていたのに。

「水口さんとは話をしてないの?」責めている感じに聞こえないよう、自分至上、最上級の優しい声で言ってみた。

「水口先輩はクラス企画の副長らしくて、忙しそうだったから声をかけませんでした」

 いい子たちだ。とても。

 だから私たちに相談せず、自分たちで抱え込んでしまったのだろう。

 明日の校内展示、本校生徒向けの古本市は、私の知っている限り毎年していた。

 その理由は、一般公開時の本校生徒はお客さんの世話が第一になって校内をあまり回れないからだ。

 だからと言って図書委員に突然「明日シフトに入れ」というのは迷惑だし、多良先生の言ったことを無視するわけにもいかないから、今回は実施しなくても仕方ない…。

 しばらくしてシフト表を配りに行った図書委員が1人ずつ戻ってきた。

 全員見つけて何とか渡せたようだ。しかしシフト配布が遅かったので、その時間はクラスの当番がある、部活動で抜けられない、ステージ発表があるなど既に予定が入っていた生徒が数人いるらしい。

「連絡がつく人には入れ替わってもらって、それでも人が足りなかったら僕たちで入ろうか」と野上君がそこにいるメンバーに言う。

「私も時々見に来るよ。手薄そうな時間帯はいつ?」と私が聞くと、野上君は来られなそうな人に印をつけたシフト表を見せてくれた。

 どうやらお昼の混みそうな時間が手薄らしい。

 私は自分のクラスのシフトを思い出す。確か10時半から1時間ほど当番だったはず。

 後輩たちに、なるべく顔を出すことを約束して、私はその場を後にした。

 その後もクラスの準備をし、帰宅してから水口さんに今回の件を簡単にまとめてメッセージを送った。

 次の日、校内展示の時間。

 私はこの日、バザーの会場係だった。

 生徒のお客さんたちは楽しそうに品物を見ている。日用品が市販よりも安く、他の子たちがそれらを買って行くのを見て、自分も後でスポンジや石鹸を買おうと思った。

 商品が売れて空いたスペースに他の品物を補充していた時、水口さんがバザーの会場にやってきた。

 水口さんは私を見るなり「ごめんね」と謝ってくる。

 目の下にクマが出来ていたのを見て、私は文化祭準備の過酷さを悟った。

「うちのクラスの文化祭委員が推薦入試対策で忙しくなっちゃったから、私が実質企画長をやらないといけなくなって、そっちに手を取られて」

「大変だったんだね」

 リーダーシップ取れる人はどこでも大活躍だが、本人は大変そうだ。

「一緒にアドバイザーになろうって言ってたのに、橋本さんだけに負担かけて」

「ううん、私も昨日初めて図書委員会ブースに行ったんだ。放っておいて申し訳なかったよ」

「さっきブース見てきた。ちゃんとなってたし、野上と園田とも話をした。色々としてくれてありがとう。明日は私も図書委員会の方に顔を出すよ」

「クラスは大丈夫なの?」

「準備は全部終わってるから。後は皆がちゃんとするよ」とやっと笑顔になった水口さんに、私は手近にあったスポンジをつかんで「何か買って行かない?」と聞いた。

 水口さんはスポンジを見て「それはいらないかな」と笑った。

 その日は完全下校が17時だったので、16時半ごろから皆が帰り支度を始めた。

 普段は部活動で残る生徒たちも今日は帰る。

 自分が帰る時間に生徒たちが一気に出て行くのを久しぶりに見て、生徒がたくさんいるんだなあとあらためて思う。

 でも明日はこれ以上にたくさんの人が来て、もっと賑わうはずだ。

 校門の装飾の色とりどりの風船が風に揺れていた。

 どうかいい天気になりますように。

(続く)