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長編小説『処刑勇者は拷問好き王子を処刑する【人体破壊魔法】特化でサクサク、サクリファイス 第12話「決闘?」

 お兄様は怒りに身を任せて剣を振り下ろしてきた。感嘆すべきは、怒りに身を任せども形式上は決闘を貫く意思があること。でも俺は暑苦しいのが嫌いなんだ。

 さっと、身をかわす。今度は横から薙(な)いでくる。使うつもりがなかった剣を逆手(さかて)持ちで握ってこれを防ぐ。我ながら不本意な戦いだ。俺は勇者業をとっくに辞めている。正式に処刑勇者と名乗ろうか。趣味だし。
再び俺に向かってくる切先。突き。俺の漆黒色のマントをかすったけど、この辺は余裕でかわすことができる。

「貴様に、マルセルのマの字も言わせない!」

「えー。あんなに小さくてかわいいのに? マルセ……」

 おっと、いけね、首をかすめた。白銀の軌道が眼下を通り過ぎる。

「貴様に愛撫(あいぶ)されては、たまらんわ!」

 リフニア国の騎士団長より骨があるのは、実力で分かったが、マルセルのマの字を言えるぐらいの余裕はあった。

「貴様のような外道が! このグスタフの妹に手を出したとあっては、ノスリンジア国の一生の恥!」

 結局、自分の身分が汚れるというだけの話か。お兄様もクズ人間だな。

「貴様に妹の屈辱が分かるか? マルセルがはじめから貴様を愛すと思うか? 貴様は右も左も分からぬまま召喚されたにすぎない。そして、回復魔法師という職業の妹に泣きついたのではないか?」

 確かに、彼女に癒してもらうことは幸福だ。身も心も快感に浸ることができるし、今でも温もりを思い出すと自身の肌をメスの爪で裂きたくなる。でも、マルセルに泣きついたことなど一度もない。この高慢な男をいい加減黙らせないといけないな。

 剣が、今度は斜め上から振り下ろされる。剣をかざすだけでも、受け止めることは簡単だったが。と、そこへ空いた胴を狙ってのまさかの膝蹴り。

 鈍痛。俺は今、吐息を吐いたかもしれない。痛いなぁ。ぼーっと自分のことではないように感じる。これは、きっと拷問慣れしているせいだろう。

 近距離戦に持ち込まれたなと客観的に思う余裕もある。これじゃあ、お互いに剣が邪魔になって振るえないぞ。ついでに、俺の頬に向かってくる拳がスローモーションで見える。

「さぁ勇者。泣いてもらおうか?」

 騎士道精神はどこに行った? やっぱり殴りたくなったか。俺はわざと食らってやる。痛って。熱血漢は、これで更に燃え上がることだろう。お兄様の拳と俺の歯茎がすり合わさって口の中に血の味が広がる。

 お兄様は邪悪に歯を剝き出して、俺の銀髪を乱雑に引っ張り上げる。何、人の髪の毛つかんでくれてんの? それはやったら駄目だぞー。騎士なんだろ?

「え、お兄様。泣くのってそっちじゃない? 腕、ちぎれてるけど」

 したり顔のお兄様がぎょっと表情を凍らせる。血しぶき。絶叫。

 お兄様の悲鳴は、唐辛子マヨネーズ味に感じる。お兄様の腕を右肩から切断してやったんだ。近距離戦に持ち込み、優越感と敵討ちにこだわったお兄様の判断ミス。俺はメスの指があるから近距離戦は、ずっと得意だ。剣は寧(むし)ろ邪魔なぐらいで、切断力は剣より断然上だからな。

 指についたお兄様の血を眺めた。マルセル亡き今、マルセルに一番近しいもの。マルセルの血筋。マルセルの舌を噛み切ったときの弾力を思い出して身震いした。背徳感が背中にのしかかる。

 頭に現れたもう一人の俺が、それらを押しのけてでもあの体験をもう一度したいと訴える。俺はもうマルセルの血の味を知っている。

 お兄様の味だって知っておいていいだろう。人差し指から順番に舐めてみる。はっきり言って美味しくない。黒砂糖が焦げた味。おっさんの血は、やっぱりおっさんだけど、どうして食べ物の味なんだろうな。

 女神フロラ様は、俺に対象によって味が変わる魔法でもかけたのかもしれない。やはり、女神は神ではなく悪にも片足を突っ込んでいる存在だ。俺は魂を売ったらしい。引き返すなら今だぞと心の隅で思ったけど、視界に入った切断されたお兄様の腕が、俺の銀色の髪を握っているのを見ちゃった。

 最悪だ。人様の髪の毛を抜いてくれている。女神より命を与えられた奇跡の存在である俺の髪の毛になんてことを。

「なあ、おっさん。詠唱団(えいしょうだん)にさっさと帰れって言っときな。じゃないと、むごたらしいものをあいつらも目に焼きつけることになるぞ」

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