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長編小説『処刑勇者は拷問好き王子を処刑する【人体破壊魔法】特化でサクサク、サクリファイス 第5話「女神フロラ」

 女神フロラ様に感謝しないといけないな。俺は処刑された後、この世界の神的な地位におわしまする女神フロラ様に、異空間にて謁見(えっけん)して生き返る承諾を得た。

 異空間は味も匂いもしない空間で、俺本当に死んだんだなと思ったんだ。その代わり天国までとはいかないけれど、苦しみや悲しみも感じない不思議な空間で、俺はもの足りないからぶらぶらとした学生気分で突っ立ってある意味一番幸せな空気を吸っていた。

 幽霊って浮遊するものだと思っていたけど、地に足はついている。俺の中で潜在的に復讐の意識が芽生えたのは自身の手のひらを見つめているとき。

 血が通っていない。真っ白な指。この指に血を通わせたい。今の俺は死んでいる。何も持っていない。服すらも着ていない。羞恥を感じないのは意識だけの存在だからか。

 女神フロラ様は二メートルはあろうかという高身長でモデルのように生足を出して裸足で現れた。え、その生足ってわざと見せてるの? 褐色の美人だ。いや、美白にも見える。これは、会う人によって理想の姿を見せてくれるような魔法でもかかっているのではないだろうか。道理で素敵な生足。俺が服を着た状態ならその足にすり寄りたかった。

 二人きりの異空間で、足ばかりを見ているというのに、フロラ様は俺のことを褒めちぎってくれた。

「あなたが死んでしまうなんて、わたしの失態です。あなたは、魔王をものの一年で倒してみせました。だのに、リフニア国の人たちったら、変態です」

 女神様もあの潔癖腐れ王子のこと、変態だと思ってくれて嬉しい。勇者の味方はこうでなくちゃ。無条件の愛と無条件の救い。だけど、俺が長く苦しんでいる間救わなかった。火あぶりのときもお前は俺を見殺しにした。どんな言い訳をするのか聞いてやろうと思う。

「あなたが最初の勇者、魔王を倒したあなたが余生を幸せに暮らせるかどうかで、世界の危機が再び訪れたときにあなたの日本という世界と繋げるかの判断をしないといけません。最初の勇者である、あなたにかかっているのですよ。だから、特別に生き返らせるので、幸せになって下さいね」

 俺はモルモットか。生き返ることは俺も手放しで喜んだ。

 脳内に甘いたれでもかかったかのように浸透する喜悦。これは、きっとドーパミンが分泌されているのだろうが、俺の死に絶えた身体ではきっと幻の類になるのだろう。だから俺は歯茎からよだれを押し出して、女神フロラ様に復讐の機会をお与えになったことへの喜びを伝える。そう、感謝するのは機会を得られたことに対してのみだ。

「様々な魔法が使えなくなっていますね。特に大切な回復魔法が初級レベルでも使えないのは致命的ですね。あら、『人体破壊魔法』だけ使用できる状態、これは不思議」

 女神フロラ様は理解できないと言う顔を作るが、俺には復讐者の素質があるらしいことがすぐに分かった。

 一度も使ったことがない『人体破壊魔法』。

 存在すら忘れかけていたそれが、今の俺に唯一残された。魔王討伐に必要のなかった魔法だけがたった今から使うことができる。

「女神様。俺、生き返ったらあいつらを処刑しに行くんだ」

 思いの丈を述べたのは、すぐに処刑リストを作成に取り掛かり俺の元仲間たちである裏切者に、制裁を加えて命を頂くまでの一連の計画を流れるように思い描けたから。これには女神フロラ様も怒る? ついに怒っちゃう? 

 美人を怒らせたらどうなるんだ。マルセルみたいな怒ったときだけ美人が崩れるブサカワになるのか? 

「確かにあなたは不幸な目に遭いましたね。ですが、あなたの願いを叶えることであなたは本当に幸せになれるのでしょうか。難しいところですね」

 まるで俺が不幸だと言われたような気がして腹が立った。

「それに、あなたは他人を傷つける傾向もありますね。もう、誰からも勇者と呼んでもらえないかも?」

「そんなのは構わない。元々、勇者でも何でもなかったんだからな。リフニア国の連中が俺を勝手に召喚しただけだ」

 女神フロラ様はその、神々しい姿から想像できないような意地悪な口調でつぶやいた。

「きっと、あなたはこれからどんどん堕ちてゆくのでしょうね」

 心なしかその眼が赤く光ったように見えたけれど、俺がそう思うからそう反映されただけかもしれない。女神フロラ様は勇者の鏡だから。恐らくだが俺は生き返ったらいずれ、身も心も勇者ではなくなるのだろう。

 だけど、俺は楽しむつもりだ。いわゆるセカンドライフってやつを。女神フロラ様は俺が闘志を燃やしているのを見越してか、はにかんだ。

 女神の皮を被った悪魔め。

 本物の神ならば俺が火あぶりにされたときに救ってくれたはずだ。ゆえに、魔法が存在するファントアと言えど、神の救いなどありはしない。自分の手で復讐を果たしてやる。

「では、首にチョーカーをつけて下さいね」

「っう」

 強制的に首にチョーカーが飛んできてきつく縛られた。あ、これはもしかして俺に何か制約でもかけるつもりか?

「ほら、真ん中に漆黒の宝石がついているでしょう? その中にいます」

 漆黒の宝石からきらきらと出てきたのは、ピクシー妖精だ。俺の復讐の制限がかけられるのかと思って冷や冷やした。

「その子は、リディ。大切にしてあげてね」

 試しに断った。復讐には邪魔だと思ったからだ。

「彼女は回復魔法ができるので、怪我をしたら彼女に頼って下さいね」

「なるほど。ほどほどに頼むわ」

 俺はリディの小さな顎をそっと指でつまむ。なんだ、黒いくりくりの瞳が反抗的に俺を睨むじゃないか。

「私はあんたが戦闘中のときは出て来れないからね。それに、私は女神フロラ様より厳しくいくから」

 俺に教師面しようっていうのか? やってみろよ。指で捻り殺すこともできる小さなリディを嘲笑ってやった。彼女、怯むことなく澄ました顔をする。

「私は人殺しには反対だから。楽しんでやるような殺しは特に」

 初対面で俺の本性を見抜く奴は嫌いじゃないさ。きりっと睨んできたそのつぶらな瞳にときめきそうになる。俺のことを愛すつもりがないらしい。俺を愛せない女はみんな不幸にしてやるんだ。

 だけど、さすがに自制する。まだ、初対面だと。彼女が俺の心のどこまでを読むことができるのか見物だ。女神フロラ様のようにファントアのどこにいても見守ることができる千里眼をこいつも、持ち合わせているのか? リディの身体に俺は指を這わせて肩を撫でる。

「よろしくリディ」

 ファーストコンタクトである俺の指を、リディはいさめるように払った。確かに、今の甘ったるい声は下心丸出しだったな。

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