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クープラン:第1オルドル《アルマンド「尊厳」 Allemande L'Auguste》(鍵盤楽器音楽の歴史、第94回)

フランソワ・クープランの『クラヴサン曲集 第1巻』(1713) に収録されている作品は、5つの「オルドル Ordre」に組織されています。

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https://imslp.org/wiki/Special:ReverseLookup/107509

このオルドルというのは、英語で言えば "Order"、つまり「順序」などを意味する語で、クープランの場合は要するに「組曲」のことです。

このような用語法は、他にはダジャンクールの『クラヴサン曲集』(1733) が踏襲している程度で、ほぼクープラン固有の用語です。何故彼が組曲を指すのにもっと一般的な "Suite" という語を避けたのかについては、フリーメーソン説が一番説得力がある程度には不明です。

クープランの「オルドル」は同主調の曲からなっていますが、長調か短調かは問いません。オルドルに含まれる曲の種類や数はまったくまちまちで、第1オルドルは14曲からなりますが、第4オルドルは4曲だけです。

とはいえ第1巻収録のオルドルは、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグという古典組曲の形式を守ろうとする傾向があります。しかしその後には雑多な舞曲や性格的小品がぞろぞろと続いており、さらに第4オルドルの場合は少なくとも名前の上では全く舞曲を含んでいません。

おそらく第1巻のオルドルは、なるべく古典組曲の形式をとりつつ、手持ちの曲を調ごとにまとめたものに過ぎないのではないかと思われます。

《アルマンド「尊厳」 Allemande L'Auguste》

第1オルドルはト調の曲からなり、その第1曲は「尊厳 L'Auguste」と題されたト短調のアルマンドです。

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ブランディーヌ・ヴェルレ、1980年録音、楽器は1716年製ドンゼラーグ。

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https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Donzelague-Clavecin-_1716_-.jpg

標題通りまったく真面目くさった重厚なアルマンドです。師トムランのアルマンドよりもむしろ地味な作風で、あまりクープランらしい曲とは言えません。彼としては満を持して出す曲集の始まりには、こういった格式ある作品が良かったのでしょうか。

さすがは正確さにこだわっているだけあって、装飾音は極めて事細かに指定されており、アルペジオも下から上に弾くものと、上から下に弾くものが厳密に区別されています。ただこういった区別はクープラン自身も次第に面倒くさくなったのか、後の作品では上から下に弾くアルペジオは見られなくなっていきます。

この「尊厳 L'Auguste」という標題、単にシャンボニエール風につけた題名ともいえますが、この曲が序文にあるように誰かの「肖像」である可能性も十分に考えられます。

第一に思いつくのは国王ルイ14世その人ですが、たとえ他意はなくとも国王をネタにするのは、どんな言いがかりを付けられるか分かったものではありませんから、普通は避けられました。触らぬ神に祟りなし。

名前から連想されるのは、メーヌ公ルイ・オーギュスト・ド・ブルボン (1670-1736) 。ルイ14世とモンテスパン夫人の長男である彼は、生まれつき脚に障害があり、そのためか知的ながら内気で地味な性格であったらしく、そのあたりこのアルマンドは合っているかもしれません。

などと憶測を試みたところで、クープランは説明を拒否しているため、真実は永遠に謎のままです。当時ならば謝礼を払って生徒になれば、あるいは教えてもらえたかもしれませんが。

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Louis-Auguste de Bourbon.

彼の妻、メーヌ公爵夫人ルイーズ・ベネディクト・ド・ブルボン (1676-1753) は、クープランの庇護者であるブルボン公ルイ3世の妹です。彼女は右腕に障害があり、脚の悪い夫との結婚の際には「ああ、何と美しいカップル」(Voici l'union d'un boiteux et d'une manchote. Ah, le beau couple!)などと皮肉られています。しかしながら彼女は夫とは対照的に奔放な性格で、夫婦仲は険悪だったようです。

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Anne-Louise-Bénédicte de Bourbon-Condé, duchesse du Maine.

当時マントノン夫人の支配下にあった陰鬱なヴェルサイユを好まなかった彼女は、かつて財務総監コルベールの建てたソーの館を巨費を投じて改築し、そこに貴族や文学者らを招いてサロンを開き「ソーの宮廷」と呼ばれました。

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Château de Sceaux, 1675.

ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館所蔵の、1681年製のヴォードリのクラヴサンは、かつてメーヌ公爵夫人が所有していたものです。クープランもこの楽器を演奏したかもしれません。

1974年に発見されたこの楽器は、貴重な17世紀のフランスのクラヴサンの例として、修復された後は数々の演奏録音に用いられ、レプリカも盛んに作られています。

漆器風の装飾はフランスにおけるシノワズリの最も古い例でもあります。

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ボブ・ファン・アスペレンの Louis Couperin edition vol.2: Passacaille de Mr Couperin は、この楽器のオリジナルを使用した録音です。演奏音質共に優れ、お薦めです。

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https://www.aeolus-music.com/ae_en/All-Discs/AE10114-Couperin-Louis-Passacaille-de-Mr-Couperin

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