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クープラン:第1オルドル《シルヴァン》(鍵盤楽器音楽の歴史、第96回)

第1オルドルは《英国貴族》の次の《メヌエット》とそのドゥーブルで一区切りし、ここからは舞曲ではなく特徴的なタイトルを持った標題作品が主体となります。

鍵盤音楽史におけるフランソワ・クープランの功績は、なんといっても自由形式の標題音楽、すなわち「性格的小品」(キャラクターピース)を開拓したことです。

クープラン以後、フランスのクラヴサン音楽はこの種の標題作品が主流となり、古典的な舞曲による組曲はたちまち衰退します。また、ロマン派を通じて現在に至るまでキャラクターピースは鍵盤音楽の主要な柱となっています。

とはいえキャラクターピースはクープランの独創というわけではなく、イングランドのヴァージナル音楽などにも先例があります。

クープランがステュアート朝の亡命貴族と関わりがあったと思われることは前回述べたとおり。あるいは彼はイングランドのヴァージナル楽派の作品をそれによって知ったかもしれません。

《シルヴァン Les Silvains》

クープランの第1オルドルの最初の非舞曲作品は、第8曲《シルヴァン Les Silvains》。ここまでト短調の舞曲が続いてきましたが、ここでト長調に切り替わります。

2拍子で「荘重に、しかし遅くなく」という指示のある、祝祭的な雰囲気のロンドーで、変奏のたびに冒頭節が繰り返されます。舞曲という枠組みを持たない標題作品において、クープランはロンドー形式を多用します。

しかし明るいのは最初のうちだけで、第2クプレはホ短調となり憂いの表情をのぞかせます。後半はリュート風に奏される山形の音形の繰り返しがノコギリの歯の様な軌跡を描く。

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「第2部」はト短調となり、なお一層暗さを増します。やはり終わりの方には執拗な同一音形の繰り返しが見られます。この様な繰り返しは、後ろを振り返る視線を表すレトリックであり、哀惜を意味するものとされます。この書式はこの後もクープランの作品でしばしば遭遇することになるでしょう。

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この曲でヴェルレの演奏はいつになく冴えている。速めのテンポで切れ味良く、歪で不安定な草書体の演奏。

ちなみにシルヴァンとはローマ神話のシルヴァヌスに相当し、森を守護する精霊です。ギリシャ神話のパンと同一視され半獣人として描かれます。

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"Sylvanus," Cornelis Cort, 1565.

しかしこの曲が単に森の精霊を描いた作品とは思えません。やはりこれも誰かの肖像と考えるべきでしょう。

メーヌ公爵夫人の友人に、ギリシャ学者で数学者で詩人のニコラ・ド・マレジュ Nicolas de Malézieu (1650-1727) という人物がいます。彼はシャトネーの領主で「シャトネーのシルヴァン Sylvain de Chatenay」を自称していました。多分こいつです。

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Nicolas de Malézieu.

マレジュはメーヌ公爵夫人のために、有名な「ソーの夜宴 Les Grandes Nuits de Sceaux」をはじめとする様々な催しを企画しています。

1702年7月にシャトネーで催された祝宴では、

夜の8時に葉、花、貝殻に身を包んだ多くのシルヴァンとニンフが現れた。それは選りすぐりの王の楽士たちだった。

l’on vit paraître sur les huit heures du soir un grand nombre de sylvains et de nymphes tous habillés de verdure, de fleurs et de coquillages ; c’était l’élite de la Musique du roi.

このコスプレした「王の楽士」にはクープランも含まれていたかもしれません。

なおこの曲はロベール・ド・ヴィゼー (c.1655 – 1732/1733) によってテオルボ用に編曲されています。その牧歌的な響きはクラヴサンよりもむしろこちらのほうが本来あるべき姿という感じすらします。


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