「ヴァイオリン伴奏付き」鍵盤ソナタについて(183)
これら K. 6 - 9 の4つのソナタは2冊に分けてパリで出版され、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの最初の出版作品となりました。ちなみにモーツァルトは1756年1月27日生まれで、この手紙の時点でもう8歳でしたが。
そして現在は「ヴァイオリン・ソナタ」とされることの多いこの曲集の本来の題名は『クラヴサンのためのソナタ集、ヴァイオリン伴奏付きで演奏可能 Sonates pour le Clavecin Qui peuvent se jouer avec l'Accompagnement de Violon』。
以前より何度か触れてきましたが、本来この種の作品では主役は鍵盤楽器であって、ヴァイオリンは「伴奏」なのです。
『ナンネルの音楽帳』には、これらのソナタの鍵盤パートの初期稿が散在しています。これらは本来鍵盤楽器だけで完結した作品であったと思われます。
《ソナタ 第1番 ハ長調》K. 6 の第1楽章の初期稿は「ヴォルフガング・モーツァルト1763年10月14日ブリュッセルにて (di Wolfgango Mozart d. 14 octob in Bruxelles)」。
この「伴奏付き鍵盤ソナタ」の元祖は、フランスのジャン=ジョゼフ・ド・モンドンヴィル(1711 - 1772)の『ソナタによるクラヴサン曲集、ヴァイオリン伴奏付き Op. 3』(1734)です。その献辞にはこれが新しい試みであることが述べられています。
モンドンヴィルのソナタは存外ヴァイオリンの比重が大きく、ソナタ第4番の第2楽章 Aria など、ヴァイオリンを抜くとそれこそ分散和音の伴奏のようなものしか残りません。
クラヴサン曲にヴァイオリンを合わせるという演奏形態は、これ以前より実践はされていたでしょう。クラヴサン教師がレッスンで生徒の演奏をヴァイオリンやポシェットでリードするのは普通であったと思われます。
ラ・ゲール女史の2番目のクラヴサン曲集(1707)は、ごく普通のクラヴサン曲集ながら「ヴァイオリンでも演奏可」とあるのですが、生憎どのように実践すべきなのかは説明されていません。
それはともかく、モンドンヴィルのヴァイオリン伴奏付きソナタは大ヒットして多くの追従者を招き、18世紀半ばまでには定番のジャンルになりました。それらのヴァイオリンのパートは従属的で受動的なものであるのが普通で、流行りに乗ってただおざなりにヴァイオリンパートを付け加えただけとしか思えないようなものもあります(上掲のモーツァルトの例など)。ヴァイオリンがクラヴサンの音の持続力の弱さを補い、より叙情的な当世流の様式の要求に応えるというのが、その効用として挙げられていました。
一方でヴァイオリンはクラヴサンを妨げないよう静かに演奏されなければならないという注意書きもしばしば見られます。注意がされているということは、当時からクラヴサンの音を掻き消してしまうような主張の激しいヴァイオリンの「伴奏」が横行していたということでしょう。現在でも作品の趣旨に適った節度ある演奏が聴けることはまずありません。
もちろんヴァイオリンが主役である「鍵盤伴奏付きヴァイオリン・ソナタ」というものも、初期バロック以来の「通奏低音付きソロ・ソナタ」として存在していました。モンドンヴィルだと Op. 1 と Op. 4 がそれです。特に Op. 4 (1735) はハーモニクス奏法を前面に打ち出した珍しい曲集です。
18世紀半ば頃までは「鍵盤伴奏付きヴァイオリン・ソナタ」と「ヴァイオリン伴奏付き鍵盤ソナタ」は別ジャンルとして共存していたのですが、18世紀後半に通奏低音が廃れると共に、後者が前者の領分をも占めていくことになります。
鍵盤パートを数字付き低音ではなく実音で書いたものとしては、J.S.バッハの《ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ》BWV1014-1019 も有名です。これは内容としては通奏低音と独奏楽器2つの「トリオ・ソナタ」のソロの片方をチェンバロの右手で代えたものであって、そのため元の手稿ではヴィオラ・ダ・ガンバで通奏低音を補強しても良い(Sounate â Cembalo certato è Violino Solo, col Basso per Viola da Gamba accompagnato se piace)とあるのですが、何故か現在そういう演奏はまったく見かけません。
この伴奏の鍵盤楽器が旋律楽器としても振る舞う「オブリガート・チェンバロ」という形式はC.P.E.バッハなどに受け継がれたものの、主流とはなりませんでした。つまり同じく鍵盤パートが実音で書かれた古典派以降のヴァイオリン・ソナタと見た目は似ていますが、おそらく直接のつながりはありません。イルカとサメみたいなものですね。
この「ヴァイオリン伴奏の奏鳴曲」が傑作《ヴァイオリン・ソナタ 第27番 ト長調》K. 379/373a だと考えられています。この時期に至ってもモーツァルト自身はヴァイオリンを伴奏と呼んでいますし、出版譜のタイトルも相変わらずです。しかし音楽の主体はむしろヴァイオリン側に移り、もはや鍵盤パートだけで独立して演奏できるようなものではなくなっています。
自筆譜を見ると、彼はまずヴァイオリンパートを書いて、鍵盤パートを書く前に削除したりしています。そしてこれを見るに1時間で作曲したというのもまんざら嘘ではないかもしれません。
ベートーヴェンの代になってようやくヴァイオリンは「伴奏」とは呼ばれなくなりますが、タイトルに鍵盤楽器を先に書くことはその後も引き継がれました。
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