ナポリのチェンバロ:イタリアのチェンバロについて1(167)
初期のチェンバロの現存楽器の多くがイタリアのものであったことから、かつてイタリアがチェンバロ発祥の地と考えられていたこともありました。
しかしおそらくチェンバロは14世紀末にウィーンのヘルマン・ポールによって発明されたもので、現存最古のチェンバロ(クラヴィツィテリウム)がドイツのウルムに由来することからも、チェンバロは初めドイツ語圏で作られ、そこからイタリアのチェンバロが派生したものと見られます。
そうはいっても、初期のチェンバロの現存例の多くがイタリア製であることには違いありません。
現在演奏可能な状態にある最古のチェンバロは、1525年頃にナポリで作られた無銘の楽器で、サウスダコタ大学の国立音楽博物館に所蔵されています。いくらか改造歴があるものの、ほぼ原型を保っている奇跡的な逸品。
Anonymous, Naples, c. 1525
1525年といえばパレストリーナの生まれた頃ですが、この時点で既にイタリアのチェンバロは高い完成度にありました。しかしそれまでの発展段階を示すようなものは何も残っていません。おそらく不完全なものをあえて残そうとは思わないでしょうし、ミッシングリンクというのは失われるべくして失われるものなのかもしれません。
鍵盤はショートオクターヴ C/E-c3、45鍵、弦は 1×8'、弦長は c2=279mm のショートスケール。後に 2×8' に改造されており、その際ジャックガイドが交換されています。
ブリッジが先の方でぐきっと折れて、ケースも鋭く尖った形をしているのがナポリのチェンバロの特徴です。響板はスプルース、底板はモミで、側板はメープル。やはりアウターケースが別になっているインナー・アウター型ですが、元はオルガンと組み合わされていたらしいです。
響板の裏側の補強はおそらくこれと同様。8フィート一本ならこれでも十分で、むしろブリッジの振動を妨げず良く鳴るのでしょう。
先が折れているので少しずんぐりして見えるものの、ルッカースのチェンバロに比べれば遥かに湾曲が大きく細身です。
Onofrio Guarracino, Naples, c. 1675
150年後のナポリのグアラチーノ作とされるチェンバロも驚くほどスタイルが変わりません。側板はやはりメープル(あるいはプラタナス)。
2×8' で C, D-d3 の50鍵ですが、これは後の改造の結果で、本来は 1×8'、分割黒鍵を持つ C/E-c3 であったと推測されています。つまり基本仕様は150年間まるで変化がなかったわけです。
ヴァイオリンもそうですが、一度上手い具合に出来たものは、あえてそれ以上手を加えることをせず、頑なに伝統を守り続けていくところがイタリアにはあるようです。
この楽器については、オブライエンによる詳細を極めた研究が公開されていますので、興味があればぜひ読んでみてください。
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