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折りたたみチェンバロ:イタリアのチェンバロについて8(173)

現存するカルロ・グリマルディのチェンバロは、ニュルンベルクとパリの他にもう一つあって、ローマ国立楽器博物館所蔵の "Cembalo Piegatorio"(折りたたみチェンバロ) がそれです(さらに2009年には「第4のグリマルディ」発見の報がありましたが、不詳)。

Carlo Grimaldi, c. 1700.
Museo Nazionale degli Strumenti Musicali, Rome.
https://boalch.org/Instruments/InstrumentProfile/582
https://www.gebart.it/musei/museo-nazionale-degli-strumenti-musicali/

これは弦を張ったまま比較的コンパクトな箱型に折りたたむことが可能な携行用のチェンバロです。2x8'、C/E-c3 という仕様で、通奏低音には十分。もっとも音量と音質はかなり犠牲になっているようですが。なお、この楽器はタンジェントピアノに改造されていたもので、修復の際にチェンバロに戻されています。

鍵盤奏者というものは楽器の不自由が今も昔も悩みの種であるわけですが、これなら何処にでも持ち運んで演奏が可能というわけです。

こんな物は技術者の気まぐれな戯れに過ぎないと思われるかもしれませんが、折りたたみチェンバロは意外にも多くの現存例があり、18世紀にはヨーロッパ各国に広く普及していたものと考えられます。

Jean Marius, c. 1700.
Musée de la musique, Paris.
https://collectionsdumusee.philharmoniedeparis.fr/doc/MUSEE/0161742
Jean Marius, c. 1700.
Musée de la musique, Paris.
https://collectionsdumusee.philharmoniedeparis.fr/doc/MUSEE/0162272
Jean Marius, 1700-1704.
Staatliches Institut für Musikforschung, Berlin.
https://recherche.smb.museum/detail/1106414
Jean Marius, 1709.
Musical Instrument Museum, Brussels.
https://carmentis.kmkg-mrah.be:443/eMP/eMuseumPlus?service=ExternalInterface&module=collection&objectId=106175&viewType=detailView
Jean Marius, 1713.
Grassi Museum für Musikinstrumente, Universität Leipzig.
https://mimo-international.com/MIMO/doc/IFD/OAI_ULEI_M0000083
Anonymous, Italy, mid-18th century.
Metropolitan Museum of Art.
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/504622
Christian Nonnemacker, 1757.
Metropolitan Museum of Art.
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/504482
Rijk van Arkel, 1768.
Rijksmuseum, Amsterdam.
https://www.rijksmuseum.nl/nl/collectie/BK-NM-5686

これらの折りたたみチェンバロのデザインの一貫性からして、同一の起源を持つことは明らかでしょう。

すなわち、一般に折りたたみチェンバロの発明はフランスの Jean Marius (d. 1720) に帰せられているのですが、一方でイタリア側の資料では Giuseppe Mondini (1631-1718) が "Cimbalo Piegatorio" を発明したとするものがあり(Giampiero Pinaroli, Polyanthea Technica, 1718-32)、どちらが発明者なのかについては決着が付いていない模様です。

ともあれマリウスは1700年に自身の発明品として "Clavecin brisé"(分割クラヴサン)をフランス科学アカデミーに発表して特許を取得しており、上掲のように彼自身の製作した楽器も多数現存しています。

マリウス本人の解説によると、三分割された筐体の剛性が異なるため、調律を揃えておくのが難しいとのこと。

Machines et inventions approuvées par l'Académie royale des sciences, Tome premier, 1735.
https://books.google.co.jp/books?id=gh5ADjFTE3MC
Ibid.

その後1716年にマリウスは "Clavecin a maillets"(枹クラヴサン)を発表し、これも特許を得ました。しかしこれについてはパリの楽器職人ギルドから外国の発明の盗作であると訴えられることになります。

しかしながら、おそらくマリウスは本当に知らなかったのでしょう、バルトロメオ・クリストフォリなるイタリア人が、16年も前に同様のアイデアを実現していたことを。

Machines et inventions approuvées par l'Académie royale des sciences, Tome troisieme, 1735.
https://books.google.co.jp/books?id=5K1EuJfuDvgC
Ibid.
Ibid.
Ibid.
Ibid.

ときに、J.S.バッハの仕えたケーテン侯レオポルトの宮廷の財務記録には、1723年3月に "das Reise Clavesin"(旅行クラヴサン)の羽軸の交換をしたことでバッハに報酬が支払われたことが記されています。これも折りたたみチェンバロのことでしょう。

夏にケーテン侯がボヘミアの保養地カールスバートに旅行する際、同行したバッハは多分この折りたたみチェンバロを携えて行ったものと思われます。《ブランデンブルク協奏曲 第5番》BWV 1050 の初演は当地でなされたと考えられており、なれば初期稿 BWV 1050a のチェンバロパートの音域が4オクターヴに制限されていることにも説明が付くのです。

BWV 1050a
D-B Mus.ms. Bach St 132, Faszikel 1
https://www.bach-digital.de/receive/BachDigitalSource_source_00002485


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