見出し画像

旅に出たい 〜美術史家 金沢百枝

 外出自粛期間中のGWを皆さんはどのように過ごされたでしょうか。

 通常でしたら海外、国内問わず、どこか旅行に行かれる方も多いかと思いますが、今年は旅行もままならず、こうなってくると逆に無性に旅に出たくなる今日この頃です。

 さて、今回は美術史家の金沢百枝さんの「旅に出たい」というエッセイを取り上げたいと思います。

 金沢さんの専門は、ロマネスク美術なので、イタリア、特に北イタリアの聖堂の彫刻、壁画、床モザイク、祭壇板絵などの建物の装飾美を実際に聖堂や教会に足を運んで見ることが必要で、ロンドン留学時代にロマネスクの友人を得て、一緒に旅をした思い出をエッセイに書かれています。

 金沢さんいわく「旅の醍醐味は、物、人、風景との思いがけない出会いにある」と言い、「異郷を旅して新鮮な『眼』をとりもどして帰国すると、部屋の書棚さえいつもとちがってみえたりする。旅にでるまえの自分とすこしちがった自分がいる。」と言います。こうした旅の効果は、旅に出た人全てが実感できるものだと思います。

 海外は国内に比べ、風景のスケールが格段に大きく、そういったスケールの大きさの中で自分のちっぽけさを感じると、なぜかそんな自分が抱えている悩みなんか大したことないように思えてくるので不思議です。自分が常識だと思っていることが、本当はちっぽけな枠組みでしかないことも、海外に行くと感じることです。

 私が海外に行ったのは、実は社会人になると海外になかなか行けなくなるので行っておけと先輩に言われて大学四年の時にハワイに家族で行った一度きり。ハワイなら外れはないだろうと思って行ったのですが、海外の食事の質にびっくりしました。とにかく量が多ければいいというスタンスで、日本で普通に摂る和食のようなきめ細やかな手をかけていない状態なのです。全てがファーストフードのような感覚で、グレードのかなり高いレストランに行かないと、料理と言えるものは食べられなかった記憶があります。

 また、海外旅行のトラウマになったのは、もう一つあります。宿泊先のホテルの廊下で、深夜ずっと電話をしている外国人女性の声がうるさく、眠れないのです。仕方がないのでフロントに注意をしてもらえませんか?とお願いをしましたが、当然英語でお願いをするので、英語は話すのは苦手でしたから深夜に変な緊張をして受話器を握ったという・・・日本はマナーもとてもよい国だということを実感しました。

 こんなわけで、私は海外旅行より国内旅行派です。私は最近は旅行の行き帰りで疲れない程度の近場で、温泉と美味しいご飯と、地元の歴史を知ることができるプチ名所をお散歩がてら緩く回れるような旅行が一番リフレッシュになります。露天風呂に入りながら(特に寝湯タイプがある所がオススメ)、季節の移ろいを空気の匂いの中に感じ取りつつ、鳥や虫の鳴き声や風とともに流れていく雲の動きなどを見ていると、自分はただ生かされているという感覚に陥ります。知らず知らずのうちに背負ってしまったものや、片意地張っている自分なんかをそこに置き去りにして、ただ生きていることに感謝する気持ちにならせてくれるのが旅だなあと思います。

 さて、旅に行けないので、代わりに近所を散歩していますが、この景色、熱海の寛一お宮の松にも見えませんか?

 これは、多摩川の河川敷に生えている大きな松たちですが、旅に出たいという気持ちが、見慣れた景色を少しだけ新鮮な景色に変えてくれたのかも。

 そう考えると、旅の効用は、意識をすれば自分の中でも生み出せるものなのかもしれません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?