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振り返ると「家にいなさい」よりも「外に出なさい」の苦痛のほうがはるかに大きかった

 人生を振り返ると「家にいなさい」よりも「外に出なさい」の苦痛のほうがはるかに大きかった。子どものころは「おそとであそぶ」のが奨励されていたし、大学生になってさえも、留学先の下宿のオーナーにたびたび言われた。「あなたよく家にいるね。もったいない。もっと外に出なきゃ」


 外に出なさい。それは「世界に出なさい」と同義だった。世界。これが世界なのか。子ども時代の外遊びはほとんどマウント合戦だった。階段の何段目から飛び降りれるか。信号無視ギリギリのタイミングで横断歩道を走り抜けられるか。ブランコの鎖がよじれるほどに力いっぱい立ちこぎができるか。見つけたアリの巣穴に平然と水を流し込めるか。「あそぼー!」友だちに手を引かれて外に出ると、そういう運動神経と倫理観を賭けた競い合いが日が暮れるまでつづく。

これが世界なのだとしたら、自分はとても生きていけないだろう

 子どもなのでうまく言語化はできなかったけれど、「外」に出るたびにその恐怖に襲われた。当然ながらそんな悲惨な現実からは目をそらしたい。どうやって外遊びを回避するか。どうやって友だちにドラえもんを読んだり、シルバニアファミリーで遊ぶことに関心を持ってもらうか。それは当時のわたしにとってガチの至上命題だった。
 女子なので、男子よりも「外遊び」の時代は早く終わったと思うが、それでも決して短くはなかった。小学校5年生のころ、友だちが悩み相談に乗ってほしいと言い出したので、人気のすくない公園のブランコに隣り合って座った。話をきいているあいだ、つま先は地面にずっとくっつけたままだった。たっぷり3時間ほどの静かなひとときだった。そのときふと、「ああ、もう2度と立ちこぎで高さを競わなくてもいいんだ」と思った。あのためいきのような安堵はいまでもよくおぼえている。


 留学先の下宿のオーナーにとっての「外に出る」とは、彼氏をつくったり、飲みに行ったり、パーティーでちょっと羽目を外したりすることだったらしい。「いや、昨日もオペラの立ち見に行きましたよ」と言ったら「あなた真面目なんだから」と笑ってくれたけれど、はてさて困ったなという気持ちは当のわたし自身にもあった。いわゆる「理想の留学生」のフォーマットに自分が当てはまっていないのはよくわかっていた。わたしは大学から派遣された留学生だったので、帰国したら「留学体験記」を提出しなければならない。過去の先輩たちの体験記を読むと、案の定、そこにはパーティー会場で撮ったとおぼしきキラキラハッピーな笑顔が並んでいた。ヤバい。どうしたもんかな、これ。わたしはたぶん、図書館から借りてきたベートーヴェンの会話帳を、背中を丸めて読みふけっているときがいちばん幸せそうな顔をしている。


 外に出るのが好きになったのは、「外に出ること」にまとわりつくあらゆる規範から解放されてからだった。よくよく考えてみれば、外はただの外であり、「家ではないところ」でしかない。もちろん、ヤドカリが貝を脱ぐのだから相応の変化はある。玄関のドアをあけると、自我の輪郭がほんの少ししゅっと締まる。風が吹くと髪がくしけずられて、一歩あるくと足の筋肉がぴんと張る。ああ、外だ。その変化がほんとうに楽しいと思うようになったのは、もしかしたらかなり最近かもしれない。


 つい先日。スーパーに買い出しに行く途中、通りがかった公園の遊具に、使用禁止の黄色いテープがはりめぐらされていた。
 誰もが痛ましげな視線を向けながら通りすぎていく。「子どもはかわいそうだな」そんな声もきこえる。こんな状態になってしまった世界を嘆くおとなたち。けれどわたしの胸に浮かんだのは、すべり台の下で救われたような笑みをうかべるひとりの子どもだった。

よかった。これでしばらくは世界と闘わなくてもいい

 そう、なんならもう永遠に闘わなくてもいい。
 わたしはその子にささやく。風にひらひらなびくテープを眼に映している、その時点できみはすでに世界のなかにいるんだ。だから大丈夫。何も恐れることなんてない。さあ、手をつないで、わたしたちの、わたしたちだけのおうちに帰ろう。