香港とマカオが中国に返還されたのは、マカオのカジノという中華統一戦線があったからという事実をご存じか?

香港はかつてイギリス領であり、マカオはかつてポルトガル領であった。
香港とマカオは返還期日が近づいていた1990年台後半の当時、中国には返還されないと思われており、多くのメディアも言論人たちもその方向で論じられていた。
だが実際には、香港は1997年に、マカオは1999年に中国に返還されることとなった。

香港もマカオも1997年や1999年という期限が設定されてはいたものの、これは「無期限」という意味での設定であり、その時期が来た際には当然に延長されるものと考えられていた。

さらに、中国共産党はイギリスやポルトガルから「中国に返還しない」と態度を明確にしていた。
それに対して中国共産党は「香港とマカオは必ず中国に返還される。なぜなら、マカオのカジノがあるからだ。マカオのカジノは中華統一戦線だ。」と公言していた。

その当時、イギリスやポルトガルは中国共産党が「マカオのカジノがあるから香港とマカオは返還される」という意味が分かっていなかったようだ。

その中国共産党の宣言がなされてから、香港やマカオで度々、マフィアによる抗争が激化していった。
市街地でマフィアが拳銃を使った武力衝突が続き、強盗などの犯罪も多発していた。
あまりにも香港やマカオの治安が悪化し、イギリス当局やポルトガル当局が統治不能となり、統治を放棄してしまったことが中国への返還へとつながった。

両国が中国への返還に踏み切ったのは、マフィアの抗争が激しかったことだけではない。
マカオのカジノを通じて巨額の資金がマネーロンダリングによって生み出され、その資金が香港やマカオの裁判官、検察官、警察官へ賄賂として流れ、裁判所、検察、警察という司法システムを中国共産党が買収し、司法システムを完全に中国共産党が乗っ取ってしまった形となった。

これによって、警察や検察という治安維持部隊は機能せず、裁判所も機能しない状態となり、ますますイギリスやポルトガルの手に負えない状況となったのだ。

この時、マカオのカジノのドンはスタンレー・ホーという暴力団マフィアである。


そして当時、アメリカにドラッグを流してアメリカ当局から台湾政府に対して身柄拘束を要求されていた指名手配犯で殺人犯の張安楽が中国に亡命し、スタンレー・ホーと協力してマカオ奪還工作を行った。


このように、カジノというのは中国共産党が様々な領土を中国のものにするという「中華統一戦線」という工作活動に利用され、マフィアの活動拠点であり、政治家や官僚、司法システムを買収するための闇資金の出所でもあるのだ。

張安楽はその後、日本の沖縄で「琉球独立運動」を日本のヤクザ組織である旭琉会と共同して行っている。

そして、スタンレー・ホーの子供たちは日本の大阪にカジノを作るべく、日々様々な工作を行っているのである。
スタンレー・ホーの息子のローレンス・ホーはメルコHD/メルコクラウンエンターテインメントのトップとして、スタンレー・ホーの娘のパンジー・ホーはMGMのアジア圏のトップとして、大阪カジノの設立に向けて暗躍しているのだ。



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